地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、著者ヘンリー・ジーへのオンラインインタビューが実現した。世界的科学雑誌「ネイチャー」のシニア・エディターとして最前線の科学の知を届けている著者に、地球生物史の面白さについて、本書の執筆の意図について、本書の訳者でもあるサイエンス作家竹内薫氏を聞き手に、語ってもらった。(取材、構成/竹内薫)

【世界的科学雑誌の編集者が教える】文章を書くために「いちばん大切なこと」とは?Photo: Adobe Stock

「生命の新発見」という壮大なショーの最前列

ーー魅力的な本を書いていただき、ありがとうございます。まずは、なぜこの本を書こうと思ったのか、うかがいたいのですが。

ヘンリー・ジー:私は長い間、頭の片隅に、地球上の生命の小さな歴史を書こうと、漠然とした思いを持っていました。「ヘンリーの地球生命誌」とか、そんなタイトルにしようかと。

 でも、そのようなアイデアは、温めていただけでした。

 庭の物置の奥に、デッキチェアや芝刈り機、バーベキューの道具、捨てていなかったゴミなどと一緒に放っていたんです。ある日、私が働いているネイチャー誌の事務所に行くまで。

 私は、同僚のデイビッド・アダムとよくおしゃべりをします。彼は心理学について何冊か人気のある本を書いています。

 雑談しているうちに、「ヘンリー、君が30年以上にわたってネイチャー誌でかかわってきた素晴らしい化石ついて本を書いてみないか」と言われたんです。

 すぐに、それは凄くいいアイデアだと思いました。

 私はネイチャー誌に35年近く在籍し、長い間、化石や生命の新発見という壮大なショーの最前列に立つという特権を得てきました。

 そう、始まりはデイビッドのアイデアなのです。

エージェントからのアドバイス

 私はこの本を書くことにしました。でも、みなさんがご覧になっているような本とは、ちょっと違うものができあがりました。

 化石を発見した人たちや、私が世界中を旅したときの個人的なエピソードが中心になりました。そして、ちょっとユーモラスな本にしようと思っていました。

 そこで、出版エージェントに連絡を取りました。

 彼女はすぐに本を読みたがりましたが、私は、「ちょっと待ってくれ。これは実在の人物、実在の物語を描くものだから、まず本に登場する人々に許可を得なければならない」と答えました。

 それで、アメリカ、中国、インド、アフリカなど、私が行った先々で紹介した人たちに原稿を送ると、みんな素晴らしいと褒めてくれたんです。

 最後に、いつも私の厳しい批評家である両親に原稿を見せると意外な感想が返ってきました。

「面白い本だけれど、登場人物たち以外に誰がこれを読むんだろう?」。

 困った私は、エージェントにも原稿を送りました。するとジルは、こんなアドバイスをくれたのです。

「ストレートな物語として書き直せばいいんじゃない? 地球上の生命の物語として。いまの原稿に満載のジョークは脚注に入れて残せばいいかも」。

 科学の本だけれど「物語」として書き直す。そう決めたら、あっという間に完成原稿になったんです。

勝手に話が進んでいく

 とても書きやすかった。初稿の一部を脚色し、新しい部分を書いて、すべてをまとめました。

 これまで30年間本を書いてきましたが、この本は今までで一番書きやすかった。

 勝手に話が進んでいく感じなのです。

 その理由は、地球上の生命の歴史が「実によくできた物語」だからだと思います。

 私は、実際に地球で起きたであろう生物の進化と絶滅について、物語として語っただけなのです。

ーー紆余曲折があったとはいえ、「物語」というキーワードが出てきてからは、あっという間に原稿が完成したのですね。

 たしかに、私も本を読んでいて、「まるでファンタジー小説みたいだな」と驚かされました。また、ベストセラーに必須のページターナーでもあると感じました。

 次々と手がページをめくってしまうのです。あと、脚注が凝っていて面白いのは、最初の原稿のジョークを詰め込んだからなのですね。

キャリアを積んで得た確信

ヘンリー・ジー:むかしから、本を書き始めると、まじめに本を書く心境にならないといけないと思い、冗談も何もかも取り除いてしまっていたんです。

 でも、キャリアを積んでいくうちに、何を書くにも「自分が話すように書くのが一番だ」と思うようになりました。

 特別に上品な本の書き方をする必要はなく、すなおに話すように書けばいいのです。

 だから、脚注のジョークも素の私です。ソール・ベローという真面目な本を書くアメリカの作家のラジオ・インタビューを聴いたことがあります。

 驚いたことに、ソール・ベローはとても茶目っ気のある面白い人だったんですよ。

 ラジオのインタビュアーが「ベローさん、あなたの本はとてもシリアスなのに、あなたは自身はとても面白い人ですね。なぜ本にはジョーク出てこないんですか?」と訊くと、ベローは答えました。

「編集者がジョークをすべて削除してしまうんです」。

 幸いなことに、私の編集者のジルは、ご覧のように、すべてのジョークを脚注に残してくれました。だから、その点ではとても感謝しています。

【世界的科学雑誌の編集者が教える】文章を書くために「いちばん大切なこと」とは?ヘンリー・ジー
「ネイチャー」シニアエディター
元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。一九八七年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。
写真:John Gilbey

(本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉への著者インタビューをまとめたものです)