【東大卒サイエンス作家が教える】生物史は大量絶滅の連続…人類が絶滅する決定的な理由とは?

地球を30億年以上も支配している微細な生物。宇宙でもっとも危険な物質だった酸素。カンブリア紀に開花した生命の神秘。1度でも途切れたら人類は存在しなかったしぶとい生命の連鎖。地球が丸ごと凍結した絶滅から何度も繰り返されてきた大量絶滅。そして、確実に絶滅する我々人類の行方……。
その奇跡の物語をダイナミックに描きだした『超圧縮 地球生物全史』(ヘンリー・ジー著、竹内薫訳)を読むと世界の見方が変わる。読んでいて興奮が止まらないこの画期的な生物史を翻訳したのは、サイエンス作家の竹内薫さんだ。
そこで、「まるでタイムマシンで46億年を一気に駆け抜けたような新鮮な驚きと感動が残った」とあとがきにも書いている竹内さんに、本書の魅力について語ってもらった。
(取材・構成/樺山美夏、撮影/梅沢香織)

地球は壮大な実験室

――「生命38億年の歴史をたったの1冊にまとめるなんて、そんなことできるの?」と思いながら読みはじめたのですが、これほど先が気になってワクワクする生物史ははじめてでした。竹内さんの最初のご感想はいかがでしたか?

竹内薫(以下、竹内):僕も、地球の進化と絶滅の歴史をタイムマシンで駆け抜けたような感覚でとても楽しかったですね。翻訳しながら知らなかったことを調べるのもおもしろくて勉強になりました。

 地球が氷漬けになった大量絶滅の話はそれなりにショッキングで、「そんなに何度も凍ったの?」とびっくりしたほどです。絶滅の原因も、大陸の分裂や衝突、気候変動や火山噴火、隕石衝突などさまざまですから、地球そのものが壮大な実験室なんだと思いました。

――地球が実験室! まさにその通りですね。私たちは実験台の上に立たされています。

竹内:そういう読み方ができるのも、この本が生命の歴史の全体像を描いているからでしょうね。生物学というとどうしても、恐竜なら恐竜、人類なら人類だけと、個々のテーマ別に考えがちです。でもこの本はそれぞれの細かい説明にとらわれず、生物全体の絶滅と進化の歴史を壮大な物語のように描いていますからね。

――著者は科学雑誌『ネイチャー』の編集者ですから、読者に飽きさせないコツをつかんでいて、翻訳でさらに読みやすくなっている印象でした。

竹内:冒頭からいきなり、太陽系の誕生に影響を与えた超新星爆発のダイナミックな話からはじまったのには驚きました。これは、僕みたいに物理や宇宙の本を書いている者にとっては常識ですが、生物を勉強している人には意外と知られていないかもしれません。

【東大卒サイエンス作家が教える】生物史は大量絶滅の連続…人類が絶滅する決定的な理由とは?

 宇宙のどこかで超新星が爆発したことで元素がつくり出されて、その元素で満ちたガスと塵と氷と雲の固まりが太陽の回りを旋回しながらできた惑星の1つが地球です。

 そのときできた元素のおかげで生命体が生まれました。我々人間も、そのときの元素のおこぼれが複雑に組み合わさってできた集合体です。しかも、最初に生命が誕生してから何度も大量絶滅しているのに、わずか1センチぐらいの綱渡りのように何かがどこかで生き残り、全滅することなく命をつないできた。

 そのおかげで多様な生物が生まれて、今の自分がいる。そう考えると感動的ですよね。

二酸化炭素がなくなると地球は凍る

――竹内さんから見て特にインパクトが強かった絶滅はどれでしょうか?

竹内:著者が「大酸化イベント」と呼んでいる原生代の大量絶滅ですね。もともと酸素がなかった地球に光合成をするバクテリアが生まれて、大気中の酸素濃度が上昇したため、酸素がなかった世界にいた古生物たちが生きたまま酸化されて焼かれてしまった。

 我々は酸素がないと死にますけど、酸素に触れると逆に生き物たちが死んでしまうことに驚きました。

 鉄が錆びるのも酸化ですが、それが激しく起こって光や熱が出ると「燃えた」というわけです。

 大酸化イベントで大量の生物が絶滅して、酸素があっても生き残れる生物だけが生き延びたわけです。

 同時代に地殻変動も活発になり、新しくできた大量の岩石が風化するときに二酸化炭素やメタンを吸収したため、3億年ものあいだ地球が氷漬けになってしまった。「そんなことありうるの?」と思うけど、実際にあったわけです。

 今は地球温暖化問題で二酸化炭素が悪者扱いされていますが、二酸化炭素には地球の温かさを保つ温室効果があります。なくなると地球が凍ってしまうから、減らし過ぎるのもよくないんですね。

生物はバクテリアに守られている

――地球が凍ってもバクテリアだけは生き残りました。私たちがいるのは、バクテリアが命をつないできたおかげとも言えます。中でもミミズのような形のシアノバクテリアは、30億年も前から地球上で一番長く生き続けている最強の生物だと知って、一瞬信じられませんでした。

竹内:バクテリアは動物の体内にもたくさんいますよね。腸内細菌がいないと我々人間も生きていけません。皮膚の常在菌もそうで、手肌を完全に消毒するとボロボロに荒れてしまう。細菌をバイ菌呼ばわりする人もいますし、もちろん動物を死に至らしめる悪い菌もいます。

 でも生物はものすごい数のバクテリアに守られながら共生しているんですよ。

NASAの実験

――本書では、ビッグファイブに続く6度目の大量絶滅を人類が早めているという科学者たちの警告について、「事態が深刻になるのを防ぐ時間はまだある」と述べられています。ただ、恐竜が絶滅したときのような隕石衝突だけは避けられないですよね。

竹内:今年9月にNASAが、小惑星の地球への衝突を未然に防ぐ技術を開発するために、小惑星に探査機をぶつける実験をしました。2019年には、小惑星が地球の近くを通過していて、もし衝突していたら東京都全域に壊滅的打撃を与える可能性があったというニュースも、NASAや他の関係機関から報じられました。

 そういう状況を見る限り、小惑星が地球に衝突することを前提に手を打ちはじめてはいるようです。それがどれほど有効なのか今はまだわかりませんが。

人類が他の惑星に定住する可能性

――もしまた大量絶滅が起きても、必ず生き残る生命体がいるでしょう。でもすべては運任せで、人間の努力ではどうすることもできないんだなと、本書を読んでよくわかりました。

竹内:我々人間は知恵を絞ってなんとか努力すれば生き残れると思いがちですけど、それはまずないでしょうね。仮に環境に適応して生き残ったとしても、環境がガラッと変われば絶滅しちゃうわけですから。

 その環境をガラッと変えようとしているのは我々人類です。本書でも、「絶滅の負債」を返済するという表現で、今後数千年の間にホモ・サピエンスは消滅すると書かれています。

 人生100年として考えて、数十世代ぐらいで人類滅亡するとしたら、そんなに遠い未来の話でもないですよね。

――本書のエピローグに、人類絶滅の危機を逃れて宇宙の他の惑星に定住する可能性にも触れています。その是非について著者の見解が述べられていますが、宇宙についても詳しい竹内さんはどう思われましたか?

竹内:2019年に、「はやぶさ2」が地球に届けた小惑星の試料から、水とアミノ酸が見つかりました。水とアミノ酸は生命に欠かせない物質ですから、生命の起源はもともと宇宙にあったのかもしれません。『スタートレック』を観たことがある人なら、地球より文明が進んでいる星があるのも当然だと思えるでしょう。

 地球に似た惑星もどんどん発見されているので、そこに人類と似たような生命体がいても不思議じゃありませんよね。岩石があって水も維持できそうな、人間が居住可能な惑星は今のところ20個ほど見つかっています。

 特に火星は探索が進んでいますから、将来的には移住する人も出てくるでしょう。移住とまではいかなくても、火星にある資源を使う可能性はあると思います。

生物史は椅子取りゲーム

 でも、どちらが良いか悪いかという話ではなく、何かが原因で地球環境が激変したとき、有利になる生き物と不利になる生き物が出てくる、ただそれだけなんですよね。つまり次の大量絶滅がどんな要因で起きるかということは、どんなに研究が進んで仮定できたとしても誰にもわかりません。

 隕石がぶつかればそれで終わりですし、すべては偶然の重なりです。けれども、何度絶滅が起きても生態系の中にニッチな席が用意されていて、そこに座った生き物だけが生存できる。

 つまり、生物史は椅子取りゲームみたいなものなので、だからおもしろいんでしょうね。

訳者略歴:竹内薫(たけうち・かおる)

一九六〇年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(ロジャー・ペンローズ著、新潮社)、『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』(ジル・ボルト・テイラー著、NHK出版)、『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)などがある。

著者略歴:ヘンリー・ジー
「ネイチャー」シニアエディター
元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。一九八七年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。このたび『超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)を発刊した。

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