地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、著者ヘンリー・ジーへのオンラインインタビューが実現した。世界的科学雑誌「ネイチャー」のシニア・エディターとして最前線の科学の知を届けている著者に、地球生物史の面白さについて、本書の執筆の意図について、本書の訳者でもあるサイエンス作家竹内薫氏を聞き手に、語ってもらった。(取材、構成/竹内薫)
「書く」ことをやめられない
ーー博士号を取得されてから、ずっと論文や本を書いているとおっしゃっていましたね。
ヘンリー・ジー:はい、35年くらいです。
ーーでも、奥さんに「書くのをやめた」と宣言したんですよね、その……。
ヘンリー・ジー:実は、毎回、書き終えては「書くのをやめる」と言ってしまうのです……。
でも、私は「書く」ことの中毒者なんです。
あきらめたくてもあきらめられない。本を書き終えるたびに、「もう二度と本は書かない、終わりだ」と断筆宣言をしてしまう。
すると、妻は「ええ、わかっているわ」と言って微笑むのです。
彼女は、私が次の本を書き始めることを知っているから。退屈してくると指がかゆくなる。何か書きたくなる。
科学者の旺盛な好奇心
ーー『超圧縮 地球生物全史』では、マーベル、DCコミック、トルストイ、プレスリーについて言及しています。
あなたの興味がとても広いのは、なぜでしょう?
ヘンリー・ジー:私は多くの科学者と同じように、何にでも好奇心が旺盛なんです。
多くの科学者がそうであるように、私はランダムにたくさんのものを頭の中に蓄えていて、時々それがアウトプットとして本になって出てくるのです。
私はたくさん本を読みます。科学書だけでなく、小説や歴史もたくさん読みますし、音楽もたくさん聴きますし、音楽を作ることもあります。
私は、たくさん読んで、たくさん考えています。
私は優秀な科学者ではありませんが、本当に優秀な科学者の多くは、科学以外のあらゆることに好奇心をもっていると思います。
ジャレド・ダイアモンドとの交流
ところで、私の本を読んでくださった方の中に、ジャレド・ダイアモンドがいます。
ーー世界的ベストセラー『銃・病原菌・鉄』の著者として日本でも知られています。
彼はとても有名な作家で、とてもわかりやすい本を書きます。本当に優れた科学者で、あらゆることに好奇心をもっています。
彼は最初は生理学者でしたが、太平洋のニューギニアで鳥類を観察するうちに、人間社会と人文地理学の専門家になり、地理学科に移りました。
ロサンゼルスにある彼の自宅を何度か訪ねたことがあるのですが、彼は弦楽四重奏を主催しているんです。
自宅で小さな音楽イベントを開き、人々がそれを聴きに来る。彼は何にでも興味を持つ人ですが、これは多くの科学者に当てはまることだと思います。
マーベルやDCコミックと科学の関係ですが、実は、SFファンから科学者になった人も多いのです。
科学者が一般書を書く意味とは
ーーでは次の質問ですが、あなたのような科学者が一般読者向けの本を書く意味は何でしょうか?
ヘンリー・ジー:いろいろな答えがあります。
真面目な答えとしては、科学は社会の誰にでも関係するものだということ。つまり、ほとんどのニュースを見てみると、その大元には科学が潜んでいます。
新型コロナでさえもそうです。免疫学や遺伝など、ふだんは聞くこともないようなことを誰もが知り、その結果、人々は科学に興味を持つようになりました。
世界的な大流行によって人々が科学に興味を持つようになったというのは、悲しい状況です。
しかし、毎日人々に影響を与える科学的な事がらは他にもあり、たとえば気候変動もその一つです。もちろん、宇宙ロケットやジェームス・ウェッブ宇宙望遠鏡のような、良いニュースになる科学の話もあります。
新しい宇宙望遠鏡は、宇宙の最も遠い端まで見ることができます。そして多くの聴衆を魅了します。
人々は「知る」必要があるのです。科学は生活の一部であるにもかかわらず、人々はそれを恐れているようなところがあります。
科学者とアウトリーチ
私が一般科学書を書く、もう1つの理由は、科学者は自分が興味を持ったことを人に話さずにはいられない性分だからです。
つまり、科学者というのは、電車のことばかり話してくる鉄道オタクの少年と同じで、執着心があるんです。
そして、科学者は自分がやっていることを人に伝えるのが好きなんです。
これは「アウトリーチ」と言って、自分たちの研究成果を一般の人に説明するのです。
学校や大学に出向いて話をしたり、サパークラブや老人クラブで高齢者に話をしたり、さまざまな方法でアウトリーチ活動を行います。
結局のところ、ほとんどの人々は税金で科学のためにお金を払っているのですから、見返りに科学知識を科学者から聞く権利があるのです。
しかし、技術的・科学的な論文は他の科学者が読むために書かれたものなので、一般の方々には理解できないでしょう。
だから、科学者は一般読者向けに本を書きます。どこかの偉大な魔法使いのように秘密を語るようなことはしたくありません。
科学を読んでいることを意識させない、物語を読んでいるような感覚で、一般の人たちに根底から関わりたいと思ったのです。
それが、この作品で私がやりたかったことです。
ですから、この本の中では、この分野の科学の本にはたいてい載っているようなことでも、あえて触れなかったことがたくさんあります。
たとえば、DNAについては触れませんでした。なぜなら、科学の本で遺伝子やDNAを目にすると、すぐに「おおっ!」と身構えてしまう人が多いからです。
物語で人の心をつかむ
そして、化石化の過程についても話したくありませんでした。たまに少し話すことはありますが、物語から人を引き離したくなかった。
もっと知りたければ、脚注にすべて書いてありますから。とにかく、物語としての流れを大切にしたかったんです。
だから、キャラクターやプロット、ヒーローや悪役、クリフハンガーや災難、次々とページをめくりたくなるような冒険があるのです。
生命の歴史としてはかなり短い本です。生命の歴史は何十億年という長さですから、本はかなり短くなりました。
実際、退屈な部分はすべて省きました。あまり多くを語らず、ワクワクするような冒険に集中したのです。
たとえば、車を運転するとき、あなたはただ田舎に気持ちよく旅に出たいだけ。ボンネットの中で機械的に何が起こっているかなんて興味はありません。
ただ、丘や海の美しい景色を見て、キャンプ場や親戚、ホテルを訪れたいだけなのです。
水面下で何が起こっているかという詳細を気にすることなく、スムーズな旅を実現したかったのです。
タイムマシンに乗って冒険するように
ーーさきほども言いましたが、『超圧縮 地球生物全史』を読み終わった後、まるで小説を読んだかのような印象を受けたのです。
壮大な生命の物語を自分自身がタイムマシンに乗って冒険したかのような。やたら知識が詰まった、ふつうの科学書を読んだという印象はありませんでした。
ヘンリー・ジー:そう、それがやりたかったんです!
20年以上前、ある編集者が一般的な読者に本を書くコツについて「物語を語れ。他のことは気にしなくていい」と忠告してくれました。
物語を書くことを学ぶのに長い時間がかかりました。シンプルに書くには、とても長い時間と努力が必要なのです。
だから、今回は、ものすごく多くのことを省きました。物語に徹したのです。
そうすれば、小説のように読めますし、あまり技術的なことに気を取られることもありません。
現代の生活がどのようなものかご存じでしょう。現代は、気が散ることが多く、他にやるべきことがたくさんあります。
私は、人々が本を読み続け、次に何が起こるのかを知り続けてほしいと願ったのです。
「ネイチャー」シニアエディター
元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。一九八七年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。このたび『超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)を発刊した。
Photo by John Gilbey
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉への著者インタビューをまとめたものです)