半導体への関心が高まるなか、開発・製造の第一人者である菊地正典氏が技術者ならではの視点でまとめた『半導体産業のすべて』が発売された。同書は、複雑な産業構造と関連企業を半導体の製造工程にそって網羅的に解説した決定版とも言えるものだ。今回は素人にはわかりにくい「半導体産業の全体像」を、図解とともに解説してもらう。
IDM――設計、製造から販売まで一貫して行なう
半導体産業の業界としては、まずIDM(アイディーエム:Integrated Device Manufacturer)と呼ばれる企業群、つまり垂直統合型のLSI製造メーカーがあります。
これは半導体デバイスを自ら設計し、製造から販売までを一貫して自社で行なうメーカーのことで、インテル、サムスン電子、キオクシアなど、私たちが一般に「半導体メーカー」と呼ぶときにイメージする企業群がIDM企業なのです。このIDM企業を半導体産業の中心に置いて見ると、周りにはさまざまな関係業界が存在していることがわかります。
IDMを取り巻く関連メーカー――EDA、IP、装置、材料
これら関係業界に属するメーカーとしては、
①EDA(イーディーエイ)ベンダー
②IP(アイピー)ベンダー
③装置メーカー
④材料メーカー
などがあります。
最初のEDAベンダーとはEquipment Data Acquisition、またはElectronic Design Automationのことで、設計を自動化するための各種ツールをIDMメーカーに提供し、ハードウエアとソフトウエアの両面からIDMでの設計作業を支援する企業群のことです。
次のIPベンダーとは、まとまった回路機能ブロックを有する設計資産としてのIP(知的財産)をIDMメーカーへ提供する会社です。またIPベンダーは、IPの開発・設計を行なう際に、①のEDAベンダーのツールを利用します。
装置業界とは、多種多様な製造装置を有する数多くの装置メーカーからなる業界のことで、半導体を製造するためのさまざまな装置をIDMに提供しています。また同様に、数多くの材料メーカーからなる材料業界は、半導体を製造するための多種多様な材料をIDM企業に提供しています。
なぜサムスンやインテルがファウンドリー事業も扱うのか?
近年、サムスン電子やインテルのような巨大IDMもファウンドリー(半導体製造の前工程を請け負う)事業を手掛けていますし、さらにファウンドリー事業を拡大するとともに、ファウンドリー事業のコンセプト自体を革新しようとしています。
では、これらの巨大IDMがファウンドリー事業に注力する理由は何でしょうか。それは自社の製品を製造するのに必要な数兆円レベルの巨大投資を必要とする最先端製造ラインをフル稼働させるためには、自社製品だけでなく他社製品の受託生産を請け負うことも必要になるからです。
さらにサムスン電子は現在台湾のファウンドリーの雄TSMCに次ぐ世界第二位のファウンドリーメーカーですが、急拡大するTSMCに半導体製造の主導権を握られ、ひいては業界ポジションが相対的に低下することを懸念していると思われます。
その事情はインテルも同様です。特にインテルは、米国政府の、台湾の地政学的位置付けに基づき、CHIPS法に代表される半導体の国内生産拠点の整備・拡大戦略の実行旗手としての役割を担っていると思われます。
また最近のファウンドリーに関する新しい動きとして、半導体製造の前工程と後工程を融合させた3D(三次元)実装技術やチップレット技術に対応するため、半導体をシステムとしてとらえ、その全製造工程を担う「システムファウンドリー」というコンセプト、あるいはアプローチがインテルなどから提案されています。これに対し、TSMCも先端後工程技術の開発のため、2022年6月には日本の筑波に3DICのR&D拠点を設立するなどの動きを始めています。
今後、大手IDMメーカーと巨大ファウンドリーとしてのTSMCの、新たな半導体ビジネスの熾烈な競争が始まりつつあるとみることもできるでしょう。
このような半導体業界の最近の動きを見ていると「歴史は繰り返す」という言葉を思い浮かべます。半導体製造に関する業種としては、昔はIDMのみでしたが、それがファウンドリーやOSATの出現で「水平分業化」が進みました。
ところが、前工程と同様に3D化を中心とする後工程の技術革新・変革の必要性に迫られるに伴い、資金力・技術力・人材に恵まれた大手IDM(インテル、サムスン電子など)は、もっと大きなフレームのIDMに変貌しようとし、また、TSMCなどの大手ファウンドリーは生き残りを懸け、新たなIDMになろうとしているのです。
(本記事は、『半導体産業のすべて』から一部を転載しています)