健康法を知っているだけでは健康にはなれません。本当に正しいとされている健康法を、きちんと行動に移し、毎日無理なく続けるためには技術が必要です。本連載の「健康になる技術」とは、健康でいるために必要なことを実践するスキルです。簡単に言うと、健康になるために「What(何)」を「How(どのように)」行ったら良いのか、自分の環境や特性(弱点・強み)に合わせて実践する技術のこと。本連載では、話題の著書『健康になる技術 大全』の著者、林英恵が「食事」「運動」「習慣」「ストレス」「睡眠」「感情」「認知」のテーマで、現在の最新のエビデンスに基づいた健康に関する情報を集め、最新の健康になるための技術をまとめていきます。何をしたら良いのかはもちろんのこと、健康のための習慣づくりに欠かせない考え方や、悪習慣を断ち切るためのコツ、健康習慣をスムーズに身につけるための感情との付き合い方などを、行動科学やヘルスコミュニケーションのエビデンスに基づいて、丁寧にご紹介していきます。今回は、「エビデンスの飛躍」についてです。(写真/榊智朗)
監修:イチローカワチ(ハーバード公衆衛生大学院教授 元学部長)
*書籍『健康になる技術 大全』の「食事の章」はケンブリッジ大学疫学ユニット上級研究員 今村文昭博士による監修
食事の話でありがちな「エビデンスの飛躍」に気をつける
食事のことを考えるのに、欠かすことのできない重要事項があります。それは、「エビデンスの飛躍が起きやすい」ことです。これは、食事に限った話ではないのですが、この飛躍は、ことさら食事の分野で目にすることが多いので、みなさんにお伝えしたいと思います。
「食品Aは病気Cを予防する!」
このようなうたい文句で1つの食品が勧められていることが多くあります。しかし、このような物言いには注意が必要です(*1)。なぜ問題なのか、分解して考えてみましょう。
例えば、食品A、そして、健康の指標B、病気のなりやすさをCとします。
「食品Aは健康の指標Bに影響がある」というエビデンス①がある。
「健康の指標Bは病気のなりやすさを表すCに影響がある」というエビデンス②がある。
エビデンス①とエビデンス②を考えると、これらを合わせた仮説③が考えられる。
この考え方の何が問題なのでしょうか。この時点では、食品Aが病気のなりやすさCに影響を与えるというエビデンスがないことです。
しかし、日本のメディアは、エビデンス①とエビデンス②を基に作った仮説③(食品Aが健康の指標Bに影響がある。健康の指標Bは病気のなりやすさCに影響がある。したがって、食品Aは病気のなりやすさCに影響を与える)を、エビデンスがないのに、あたかもあるように表現することが多いです。理論上は正しくても、実際のエビデンスがない限り、仮説です。
それは「エビデンス」か?単なる「仮説」か
例えば白米を例にとりましょう。
エビデンス①:白米を食べると、健康の指標である血糖値が高くなる傾向がある
エビデンス②:血糖値が高い状態が続くと、糖尿病や心筋梗塞を引き起こす
この2つのエビデンスを基に、「だから、白米は様々な病気を引き起こす可能性がある」というのは、仮説にすぎません。この仮説を、「エビデンス」にするためには、白米を食べることで、実際に糖尿病や心筋梗塞を起こす人がいるかどうかを調べなくてはなりません。
実際、白米の摂取量が多い人ほど糖尿病のリスクが高いという報告はありますが(*2-6)、心臓の病気や死亡率との関連は認められていません(*7-9)。逆に、死亡率が低いという報告もあります(*10-13)。
ですので、白米を食べることによる血糖値の上がり下がりだけを見て、「健康」との関連を結論づけるのは論理の飛躍であり、エビデンスとして正しい認識の仕方ではありません。もしそれでも関連づけるのであれば、エビデンス①とエビデンス②の結果、仮説③の可能性が考えられる、というのが正しい表現の仕方です。ところが、このように詳しい関係性を説明しているものはほとんどないのが現状です。
他にも、「牛乳→骨密度アップ→骨折や骨粗しょう症予防」という話も問題があります。牛乳はカルシウム摂取量を増やすため、骨の強度アップにはつながります(エビデンス①)。そして骨の強度があると、骨粗しょう症にはなりにくくなります(エビデンス②)。しかし、牛乳(エビデンス①)と骨折や骨粗しょう症のリスク(エビデンス③)との関連を表す直接のエビデンスはありません。むしろ逆の関係があることがわかっています。
「夏バテに豚肉がいい」
どうしてこんなに広まっているのか謎
この考え方に気づくと、食事に関してマスコミで取り上げられているほとんどのものが、論理の飛躍(仮説)を利用したものであることに気づくと思います。例えば、こうして原稿を書いている間にも、「豚しゃぶは疲労回復に効く!」というテレビ番組がありました。
メカニズムとして、豚に含まれる良質なたんぱく質やビタミンB1が、アルブミンなどのいくつかの健康の指標に影響を与える(エビデンス①)。そして、これらの健康の指標の改善は、疲労回復に効果がある(エビデンス②)。この2つのエビデンスからできる仮説により、「豚しゃぶは疲労回復に効く(はずだ)」という内容が紹介されていました。
でも、実際、豚しゃぶと疲労回復の関連性をみた研究は、私が知る限りありません。東京大学の栄養疫学者である佐々木敏先生の著書でも、「夏バテに豚肉がいい」ということが、どうしてこんなに広まっているのか謎だと書かれています(*14)。
読者のみなさんには、今後、「1つの食品が、何か(病気)に効く!」という文言に出会ったら、本当にエビデンスがあるのか、それともエビデンスとエビデンスをつなぐ仮説レベルのものなのか、一呼吸置いて疑問に思ったり、調べたりする癖をつけてもらえたらと思っています。
【参考文献】
*1 Jacobs DR, Steffen LM. Nutrients, foods, and dietary patterns as exposures in research: a framework for food synergy. Am J Clin Nutr. 2003;78(3 Suppl):508S-13S.
*2 Villegas R, Liu S, Gao Y-T, Yang G, Li H, Zheng W, et al. Prospective study of dietary carbohydrates, glycemic index, glycemic load, and incidence of type 2 diabetes mellitus in middle-aged Chinese women. Arch Intern Med. 2007;167(21):2310-6.
*3 Nanri A, Mizoue T, Noda M, Takahashi Y, Kato M, Inoue M, et al. Rice intake and type 2 diabetes in Japanese men and women: the JPHC study. Am J Clin Nutr. 2010;92(6):1468-77.
*4 Bhavadharini B, Mohan V, Dehghan M, Rangarajan S, Swaminathan S, Rosengren A, et al. White rice intake and incident diabetes: a study of 132,373 participants in 21 countries. Diabetes Care. 2020;43(11):2643-50.
*5 Sun Q, Spiegelman D, Dam RMv, Holmes MD, Malik VS, Willett WC, et al. White rice, brown rice, and risk type 2 diabetes in US men and women. Arch Intern Med. 2010;170(11):961-9.
*6 Hu EA, Pan A, Malik V, Sun Q. White rice consumption and risk of type 2 diabetes: meta-analysis and systematic review. BMJ. 2012;344:e1454.
*7 Zhang R, Zhang X, Wu K, Wu H, Sun Q, Hu FB, et al. Rice consumption and cancer incidence in US men and women. Int J Cancer. 2016;138(3):555-64.
*8 Eshak ES, Iso H, Yamagishi K, Kokubo Y, Saito I, Yatsuya H, et al. Rice consumption is not associated with risk of cardiovascular disease morbidity or mortality in Japanese men and women: a large population based, prospective cohort study. Am J Clin Nutr. 2014;100(1):199-207.
*9 Muraki I, Wu H, Imamura F, Laden F, Rimm EB, Hu FB, et al. Rice consumption and risk of cardiovascular disease: results from a pooled analysis of 3 U.S. cohorts. Am J Clin Nutr. 2015;101(1):164-72.
*10 Saneei P, Larijani B, Esmaillzadeh A. Rice consumption, incidence of chronic diseases and risk of mortality: meta-analysis of cohort studies. Public Health Nutr. 2017;20(2):233-44.
*11 Swaminathan S, Dehghan M, Raj JM, Thomas T, Rangarajan S, Jenkins D, et al. Associations of cereal grains intake with cardiovascular disease and mortality across 21 countries in Prospective Urban and Rural Epidemiology study: prospective cohort study. BMJ. 2021;372:m4948.
*12 Nagata C, Wada K, Yamakawa M, Konishi K, Goto Y, Koda S, et al. Intake of starch and sugars and total and cause-specific mortality in a Japanese community: the Takayama study. Br J Nutr. 2019;122(7):820-8.
*13 Nagata C, Wada K, Tsuji M, Kawachi T, Nakamura K. Dietary glycaemic index and glycaemic load in relation to all-cause and cause-specific mortality in a Japanese community: the Takayama study. Br J Nutr. 2014;112(12):2010-7.
*14 佐々木 敏. 佐々木敏のデータ栄養学のすすめ. 東京,日本: 女子栄養大学出版部; 2018.
(本原稿は、林英恵著『健康になる技術 大全』から一部抜粋・修正して構成したものです)
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)、Down to Earth 株式会社代表取締役、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授、東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程修了、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得(Doctor of Science:科学博士・同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。様々な国で健康づくりに携わる中で、多くの人たちが、健康法は知っていても習慣づける方法を知らないため、やめたい悪習慣をたちきり、身につけたい健康法を実践することができないことを痛感する。長きにわたって頼りになる「健康習慣の身につけ方」を科学的に説いた日本人向けの本を書きたいと思い、『健康になる技術 大全」を執筆した。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス・アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年、Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。社名は英語で「実践的な、親しみやすい」という意味で、学問と実践の世界を繋ぐことを意図している。現在は、国際機関や国、自治体、企業などに対し、健康に関する戦略・事業開発、コンサルティングを行い、学術研究なども行っている。加えて、個人の行動変容をサポートするためのライフスタイルブランドの設立準備中。2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー“Asia 21 Young Leaders”に選出。また、2020年、アメリカのアイゼンハワー元大統領によるアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が手がける、世界の女性リーダー“Global Women’s Leadership Fellow”に唯一の日本人として選ばれる。両組織において、現在もフェローとして国際的な活動を続ける。
『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。著書に、『健康になる技術 大全」(ダイヤモンド社)、『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)がある。
https://hanahayashi.com/