健康法を知っているだけでは健康にはなれません。本当に正しいとされている健康法を、きちんと行動に移し、毎日無理なく続けるためには技術が必要です。本連載の「健康になる技術」とは、健康でいるために必要なことを実践するスキルです。簡単に言うと、健康になるために「What(何)」を「How(どのように)」行ったら良いのか、自分の環境や特性(弱点・強み)に合わせて実践する技術のこと。本連載では、話題の著書『健康になる技術 大全』の著者、林英恵が「食事」「運動」「習慣」「ストレス」「睡眠」「感情」「認知」のテーマで、現在の最新のエビデンスに基づいた健康に関する情報を集め、最新の健康になるための技術をまとめていきます。何をしたら良いのかはもちろんのこと、健康のための習慣づくりに欠かせない考え方や、悪習慣を断ち切るためのコツ、健康習慣をスムーズに身につけるための感情との付き合い方などを、行動科学やヘルスコミュニケーションのエビデンスに基づいて、丁寧にご紹介していきます。今回は、「サプリメントは健康にいいのか? 悪いのか?」についてです。(写真/榊智朗)
監修:イチローカワチ(ハーバード公衆衛生大学院教授 元学部長)
*書籍『健康になる技術 大全』の「食事の章」はケンブリッジ大学疫学ユニット上級研究員 今村文昭博士による監修
健康のためにと思っているものが仇になる
薬局やコンビニエンスストア、スーパーマーケットでも最近はたくさん並べられているサプリメント。「サプリメント(supplement)」とは、その名の通り、食事で足りないものを「補う」という意味です。錠剤や粉状のもの、液体やエナジーバーなど色々な形状のものがあります。
世界では約1232億ドル(日本円にして約12兆円)(*1)以上で、日本でも約1兆3729億円の市場があります(2022年)(*2)。サプリメント産業は多少の増減はあるものの、アメリカでも日本でも拡大中で、今後もその傾向が見込まれています。
「筋肉増強」、「ダイエット」、「骨を強くする」、ひいては「病気の予防」、「アンチエイジング」まで、健康課題の手っ取り早い解決方法として、消費者にその効果を訴えかけます。健康のために何か行動をとるのは素晴らしいことですが、果たして、サプリメントをとることは良い方法なのでしょうか?
「β(ベータ)カロテンのサプリメント服用」が死亡率を上げる?
栄養学やがんの研究者にとって、衝撃的な結果となった研究があります。それは1990年代に発表された、β(ベータ)カロテン(βカロチンとするところもあります)のサプリメントに関する臨床試験です(*3)。
βカロテンとは、緑黄色野菜に含まれる成分です。日本でもがんや心血管疾患の予防が期待できるとして、「飲む緑黄色野菜」と称し、サプリメントや健康飲料として様々な形で売り出されました。記憶にある人もいると思います。
βカロテンのサプリメントによる健康への効果を検証した研究のうちの1つを紹介します。この研究では、喫煙者などの特定のグループでβカロテンのサプリメントを服用すると、肺がんの発生率や死亡率が上がることがわかりました(*3)。一方で、がんをはじめとして、期待された重篤な疾患へのプラスの効果は見られませんでした。
その後、このような研究を含め、複数の研究のエビデンスを統合して分析する研究が行われました。結果、βカロテンのサプリメントを常用することで、逆に肺がんや胃がんのリスクを上げることが指摘されました(*4-8)。
健康に良かれと思って飲んでいるはずのサプリですが、効果がないだけではなく、かえってがんの発生率や死亡率を上げる可能性があるということで、当時大きなニュースとなりました。サプリメントについて語る上で欠かせない話となっています。
たとえ害はなかったとしても、健康にとってプラスの効果が見込めないのであれば、サプリメントを摂取する意味も薄れてしまいます。鉄分やビタミンDの欠乏が医師によって診断され、サプリメントのような形で処方されるようなケースは、指示にしたがってとるべきと思います。
「なんとなく健康によさそうだから」といった曖昧な理由や臆測で、任意にサプリメントをとることはお勧めしません。専門家の判断を仰がないでとるサプリメントに関して、長期的に健康に好ましい効果が見込めるものは、今のところないと考えましょう。
例えば鉄分の不足による貧血に対して鉄剤の効果は認められています(*9,10)。しかし一方で、鉄剤のサプリメントを常用している人ほど、死亡率が高いとアメリカから報告されています(*11)。概してサプリメントの研究となると、そういった二面性が伴って、解釈と結論を出すのがとても難しいのです。どの栄養のサプリメントもやはりプロの判断が必須と考えてください(例外については後述)。
足りないものをサプリメントで補えば何とかなるといえるほど、科学は単純ではない
サプリメントに注意が必要な理由があります。それは、サプリメントを摂取すること自体が、還元主義とよばれる、複雑な事象を一つのシンプルな要素に着目して結論づけることの影響を強く受けているためです。実際、成分的なことを基に「XXが足りないためにXXを補うと体に良い」という栄養分の理屈を応用したものがたくさんあります。
注意が必要なのは、体の中でのメカニズムとして特定の栄養分が良いこと(生化学的な考察や概念的なことで、エビデンスではありません)と、実際にサプリメントでそれを摂取した時に出る体の反応や健康・病気との関係(臨床医学や公衆衛生学的なエビデンス)は別のものだということです。
例を挙げてみましょう。「βカロテンは抗酸化物質としての働きを持つ。抗酸化物質は、“酸化ストレス”が原因となる肺がんが予防可能と考えられる。だから、βカロテンのサプリメントをとろう」という考え方はまさに生化学的な考察です。実際にそうした考えに基づいて、βカロテンやビタミンC、Eのサプリメントが売り出された歴史があります。
しかし前述したように、βカロテンのサプリメントで、がんの予防効果が出ないだけでなく、逆に死亡率を上げたりすることが示されました。生化学的な根拠を基に、「このサプリメントがXXに効く!」とうたっているサプリメントは本当に多いのですが、このような考察から、健康と病気の関係を考えるのは不適当です。
足りないものをサプリメントで補えば何とかなるといえるほど、科学は単純ではないのです。こういったことを知ってか知らずしてか、動物実験や絶句するような質の低い研究でも、あたかも万人に向けて伝えられるほど強いエビデンスがあるように伝えるのが、宣伝・ビジネスの技です。
サプリメントに限らず食事全体にいえることですが、生化学的な情報のみに頼らず、実際にそれを摂取したことによる病気と健康との関連がどうなっているかで判断しましょう。
飲んでも良いサプリメントはあるのか?
サプリメントのマイナスの側面について、整理してきました。一方で、サプリメントは、体の状態や人によってプラスに働くことも確かにあります。しかし、この判断は自分でできることではありません。サプリメントが必要な人というのは、医師や管理栄養士の助言によりサプリメントを摂取した方が良いといわれた人のみと考えてください。
例外として、妊娠前や妊娠初期の女性は、胎児の神経器官などの正常な発育への効果が認められているために、サプリメントを含めた葉酸を積極的に摂取することが求められています(*12,13)。厚生労働省も、これを推奨しています(*12)。
そのほかにも、何かの疾患を抱えている人や高齢者など特定の人にとっては有用なサプリメントも考えられます(*14)。例えば、ビタミンB12は高齢になると吸収する機能が落ちることが知られており、食事では得られない用量に関してサプリメントの処方によるビタミンB12の摂取で栄養状態を維持できることが報告されています(*15)。
そういう可能性もあるのですが、それでもまず、健康に不安がある場合や、サプリメントの摂取が必要かもしれないと感じる場合は、まず医師や管理栄養士に相談しましょう。そして、専門家の助言により、今服用しているサプリメントがある場合は、勝手にやめないようにしましょう。また、処方された薬がある上でサプリメントを服用したい人は、必ず医師に飲んでいるサプリメントについて話をするようにしましょう。
【参考文献】
*1 新國 翔大. 年々ブランドが増加。なぜ、世界でサプリメントD2Cが注目されているのか? Forbes JAPAN; 2020.[cited 2021 Dec 17]. Available from: https://forbesjapan.com/articles/detail/34306.
*2 株式会社インテージ.『健食サプリ・ヘルスケアフーズレポート2020』発刊 日本の健康食品・サプリメントの市場規模は1兆4095億円に. 株式会社インテージ セルフヘルスケア・マーケティング担当; 2020.
*3 Omenn GS, Goodman GE, Thornquist MD, Balmes J, Cullen MR, Glass A, et al. Risk factors for lung cancer and for intervention effects in CARET, the beta-carotene and retinol efficacy trial. J Natl Cancer Inst.1996;88(21):1550-9.
*4 supplementation and cancer risk: a systematic review and metaanalysis of randomized controlled trials. Int J Cancer. 2010;127(1):172-84.
*5 Bjelakovic G, Nikolova D, Simonetti RG, Gluud C. Antioxidant supplements for prevention of gastrointestinal cancers: a systematic review and meta-analysis. Lancet. 2004;364(9441):1219-28.
*6 Schwingshackl L, Boeing H, Stelmach-Mardas M, Gottschald M, Dietrich S, Hoffmann G, et al. Dietary supplements and risk of cause-specific death, cardiovascular disease, and cancer: a systematic review and meta-analysis of primary prevention trials. Adv Nutr. 2017;8(1):27-39.
*7 Ma J-L, Zhang L, Brown LM, Li J-Y, Shen L, Pan K-F, et al. Fifteen-year effects of Helicobacter pylori, garlic, and vitamin treatments on gastric cancer incidence and mortality. J Natl Cancer Inst. 2012;104(6):488-92.
*8 Myung S-K, Ju W, Cho B, Oh S-W, Park SM, Koo B-K, et al. Efficacy of vitamin and antioxidant supplements in prevention of cardiovascular disease: systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials. BMJ. 2013;346:f10.
*9 Low MSY, Speedy J, Styles CE, De-Regil LM, Pasricha S-R. Daily iron supplementation for improving anaemia, iron status and health in menstruating women. Cochrane Database Syst Rev. 2016;4:CD009747.
*10 Fernández-Gaxiola AC, De-Regil LM. Intermittent iron supplementation for reducing anaemia and its associated impairments in adolescent and adult menstruating women. Cochrane Database Syst Rev.2019;1(1):CD009218.
*11 Mursu J, Robien K, Harnack LJ, Park K, Jr DRJ. Dietary supplements and mortality rate in older women: the Iowa Women's Health Study. Arch Intern Med. 2011;171(18):1625-33.
*12 厚生労働省. e-ヘルスネット 葉酸とサプリメント 神経管閉鎖障害のリスク低減に対する効果. 生活習慣病予防のための健康情報サイト. [cited 2021 Dec 17]. Available from: https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-05-002.html.
*13 Chitayat D, Matsui D, Amitai Y, Kennedy D, Vohra S, Rieder M, et al. Folic acid supplementation for pregnant women and those planning pregnancy: 2015 update. J Clin *2 Pharmacol. 2016;56(2):170-5.
*14 Harvey NC, Biver E, Kaufman JM, Bauer J, Branco J, Brandi ML, et al. The role of calcium supplementation in healthy musculoskeletal ageing : an expert consensus meeting of the European Society for Clinical and Economic Aspects of Osteoporosis, Osteoarthritis and Musculoskeletal Diseases(ESCEO)and the International Foundation for Osteoporosis(IOF). Osteoporos Int. 2017;28(2):447-62.
*15 Eussen SJ, Groot LC, Clarke R, Schneede J, Ueland PM, Hoefnagels WH, et al. Oral cyanocobalamin supplementation in older people with vitamin B12 deficiency: a dose-finding trial. Arch Intern Med. 2005;165(10):1167-72.
(本原稿は、林英恵著『健康になる技術 大全』から一部抜粋・修正して構成したものです)
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)、Down to Earth 株式会社代表取締役、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授、東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程修了、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得(Doctor of Science:科学博士・同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。様々な国で健康づくりに携わる中で、多くの人たちが、健康法は知っていても習慣づける方法を知らないため、やめたい悪習慣をたちきり、身につけたい健康法を実践することができないことを痛感する。長きにわたって頼りになる「健康習慣の身につけ方」を科学的に説いた日本人向けの本を書きたいと思い、『健康になる技術 大全」を執筆した。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス・アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年、Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。社名は英語で「実践的な、親しみやすい」という意味で、学問と実践の世界を繋ぐことを意図している。現在は、国際機関や国、自治体、企業などに対し、健康に関する戦略・事業開発、コンサルティングを行い、学術研究なども行っている。加えて、個人の行動変容をサポートするためのライフスタイルブランドの設立準備中。2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー“Asia 21 Young Leaders”に選出。また、2020年、アメリカのアイゼンハワー元大統領によるアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が手がける、世界の女性リーダー“Global Women’s Leadership Fellow”に唯一の日本人として選ばれる。両組織において、現在もフェローとして国際的な活動を続ける。
『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。著書に、『健康になる技術 大全」(ダイヤモンド社)、『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)がある。
https://hanahayashi.com/