「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」と断言し、その悩みに明確な答えを与えてくれる「アドラー心理学」。日本では無名に近かったこの心理学を分かりやすく解説し、世界累計1000万部超のベストセラーとなっているのが『嫌われる勇気』と『幸せになる勇気』の“勇気シリーズ”です。
この連載では、『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』の著者である岸見一郎氏と古賀史健氏が、アドラー心理学の教えに基づいて、皆さんから寄せられたさまざまな悩みにお答えします。
今回は、アドラー心理学の重要な概念「共同体感覚」に関するご質問。岸見氏と古賀氏が丁寧にご説明します。(構成/水沢環)
今回のご相談
私は、アドラー心理学における「共同体感覚」の目指す方向は「Win-Winの関係」、または交流分析(*1)で言われる「I am OK, you are OK.」(*2)だと思っていました。しかし、アドラー心理学では利己と利他の両方を兼ね備えるのではなく、どちらも退けるのが最初に目指す共同体感覚だと言います。この部分について、もう少し詳しく教えてください。
*1 他人との交流パターンの傾向を知ることで、人間関係を改善する心理療法。1950年代にアメリカの精神科医エリック・バーンによって開発された。
*2 自己を肯定し、他者も肯定するという意味。対人関係における理想的な姿勢を指す。
「アドラー心理学流」回答
古賀史健 共同体感覚を考える上で、まず必要なのは「自分はあくまでも大きな共同体のなかにいる一人なんだ」ということへの理解です。
『嫌われる勇気』のなかでは共同体感覚の説明をする際に、「世界を地図ではなく地球儀だと考えてください」という話をしています。
たとえば日本が中心の世界地図であれば、アメリカ大陸やヨーロッパは端に位置しますよね。そんなふうに地図には「端っこ」の概念が生まれてしまう。これは自己中心的な発想です。
一方で地球儀だったら、日本が中心だという見方もできるし、少し回したらフランスが中心になり、アメリカが中心になる。あらゆる箇所が中心になるわけです。言い換えれば、すべてが中心であって、すべては中心ではない。
禅問答みたいですが、これが共同体感覚において一番大事なところです。なにかが端っこにいるわけではないし、なにかが中心にいるわけでもない。つまり、自己中心的にならずに、なおかつ自分が疎外されない。まずは、自分の居場所をそういうふうに認識することが大切なのかなと思います。
岸見一郎 アドラー心理学では「課題の分離」が非常に重要なのですが、これは対人関係における最終目標ではありません。なぜなら、我々はけっして自分だけでなにかを決めることはできないからです。生きている限り必ず他者と協力しなければなりません。
協力するためには、自分の思いを押し通す自己中心的な考えもよくないし、自分が我慢すればいいという自己犠牲的な考えもよくありません。協力して生きていくときの主語は「私」ではなく、「私たち」なのです。
こんなふうに「私」から解放されて、自立を果たし、「私たち」という視点で考えられるようになることが、共同体感覚を持っているということだと私は理解しています。
(次回もお楽しみに)