いま話題の「ディープ・スキル」とは何か? ビジネスパーソンは、人と組織を動かすことができなければ、仕事を成し遂げることができません。そのためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」が不可欠。本連載では、4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します。
今回のテーマは、「失敗」。組織で「新しいこと」を成し遂げようとすれば、「失敗」はつきもの。その「失敗」を恐れるあまり、何もチャレンジできないのはとても残念なことです。とはいえ、無防備なまま「失敗」すれば、痛手を負います。では、どうすれば痛手を負わずにチャレンジできるのか? さらには、「失敗」をすることでかえって「評価を上げる人」は何をやっているのか?そんなディープ・スキルについて解説します。(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。

「失敗」をしても「評価を上げる人」は、どこが“普通の人”と決定的に違うのか?写真はイメージです。 Photo: Adobe Stock

「見切り千両」という教訓

「見切り千両」という言葉があります。

 もともとは破綻寸前だった米沢藩を再建した名君・上杉鷹山の言葉だそうですが、現代においては、株式投資の教訓として使われることが多い言葉です。

 買った株が値下がりし始めたときに、投資初心者の多くは、「もしかすると、このあと株価が戻り始めるかもしれない」などという”淡い期待”にすがりついてしまいがちですが、現実は冷酷。往々にして株価は下がり続け、とんでもない安値で売るほかなくなり、「大損」を被る結果を招くことが多いものです。

 ここで活きるのが、「見切り千両」という教訓。手持ちの株を早めに見切って売りに出しても、「損」を出すことに違いはありませんが、そのことで「大損」を被るのを避けることができるならば、それは「千両」にも値するというわけです。

 もちろん、株価が戻すこともあり得ますから、単に「見切りが早ければいい」というわけではありません。しかし、遅すぎるのは論外。「命取り」にさえなりかねないと戒めるのが、「見切り千両」という言葉なのです。

「撤退」する潮時を見失うのは、
組織の習性である

 この教訓は、ビジネスにもそのまま当てはまります。

 新商品や新規事業というものは、決して成功確率が高くはありません。むしろ、どんなに努力をしても、「失敗」に終わるケースが大半というのが現実です。

 ところが、事業が計画どおりに進まず、成功する見込みが薄くなってきても、なかなか「見切る」ことができない。そして、「撤退」する潮時を見失って、ダラダラと事業を続けて、「損失」を垂れ流してしまうことがしばしば起きるのです。

 これは、「組織」の習性のようなものかもしれません。

 新商品や新規事業に対しては、起案した担当者も、リスクを取って承認した経営者も強い思い入れがありますから、なかなかあきらめがつきません。

 時には、「現社長が立ち上げた事業だから、在任中に撤退を議論するのはタブー」という空気が支配することもあります。これは、非常に”タチの悪い”ケースと言えるでしょう。

 あるいは、正面を切って「撤退」を議論しようとすれば、必ず、「損失を生んだのは誰だ?」という責任問題に発展しますから、誰もそれを言い出せなくなるという力学が働くこともあります。

 その結果、「まだ大丈夫、まだ大丈夫」と無駄に粘ってしまう。なかには、「損失」を取り戻そうと、無謀な追加投資をして、傷口をさらに広げてしまうケースすらあるのです。

 いわば、集団的な「無責任」状態に陥るわけですが、これが組織に大きなダメージを与えるだけではなく、プロジェクト・リーダーをはじめとする現場担当者にとっても深刻な問題を引き起こします。

 なぜなら、「損失」を垂れ流した末に、ようやく「失敗」を認め、「撤退」の決断がされたときには、必ず、現場の責任も問われるからです。最悪の場合には、責任を回避しようとする上層部の画策によって、現場がスケープゴートに仕立て上げられることすらありえるでしょう。

 そうなれば、心に取り返しのつかない深手を負ううえに、自身のキャリアにも計り知れないほどの悪影響を及ぼすに違いありません。それだけは、なんとしても避ける必要があるのです。

あらかじめ「撤退基準」を明確にする

 では、どうすればよいか?

 答えは簡単。あらかじめ「撤退基準」を明確にしておくのです。

 私は、クライアント企業の新規事業の担当者が起案するときには、「必ず、撤退基準を明示してください」と強く念押しするようにしています。例えば、「2年以内に黒字化できない場合は撤退」「1年以内に顧客企業数が120社を超えなければ撤退」などと明示したうえで承認を取り付けることで、「撤退基準」を社内関係者にオーソライズ(公認)しておくのです。

 そして、その「撤退基準」を厳格に運用することを、組織として明確に宣言することによって、集団的な「無責任」状態に陥るリスクを抑え込んでおくことが、会社と担当者個人の双方を守ることにつながるのです。

 それだけではありません。

 実は、「撤退基準」を明示することによって、起案が承認されやすくなるという側面もあります。

 というのは、経営陣が「一度、新規事業を立ち上げたら、うまくいかなくても撤退するのが難しいのではないか?」と不安を覚えることも、新規事業の承認を躊躇する理由のひとつだからです。

 実際、新規事業に協力してもらうために、体制を整えてもらった取引先に対して、一方的に「撤退」を通達するのははばかられるものです。あるいは、商品やサービスを購入してくださった顧客に対して、継続的にアフターフォローをする社会的責任も発生するでしょう。経営陣が不安を抱くのも、もっともなことなのです。

 そこで、起案時に「撤退基準」を明示するとともに、「撤退」時における取引先や顧客などへの対応策も提示することによって、経営陣の不安を低減することができれば、彼らも意思決定をしやすくなるというわけです。

撤退基準に求められる
「厳格性」と「柔軟性」

 ただし、この「撤退基準」の取り扱いには柔軟性も必要です。