人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント10万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は医学部をテーマにした人気漫画『Dr. Eggs』を連載している漫画家三田紀房氏との対談をお届けする(取材・構成/高松夕佳)。

人気漫画家三田紀房が「強くおすすめしたい1冊」とは?Photo: Adobe Stock

強くおすすめしたい1冊

三田紀房(以下、三田):すばらしい人体』、本当におもしろくて、あっという間に読んでしまいました。

 医学といえば科学の最先端、というイメージがありますが、この本は1つひとつが非常にわかりやすく丁寧に書かれていて、一般読者の目線にまで降りてきてくれている。

 私は常々、書物には著者の人柄が出ると感じているのですが、ああ、この先生はきっとすごく誠実でいいお医者さんなんだろうな、と、読みながらお人柄の良さを感じ取りました。

 本文中に出てくる、人体構造を図解した挿絵もいいですね。書き文字の雰囲気が全体をあたたかいものにしている。

 私としても強くおすすめしたい1冊です。

山本健人(以下、山本):ありがとうございます。うれしいです。三田先生の『Dr. Eggs』も、とてもおもしろく拝読しました。

 読んでいると、自分が医学生だった頃のことをありありと思い出すというか。ものすごくリアルなんですよ。

 勉強内容から生活内容、医学生が抱く将来への漠然とした不安や揺れる思いが、本当に自分が体験した通りのリアルさで表現されていて、すごいなと思いました。

 それにしても、なぜ医学漫画を描かれようと思ったのでしょうか。

執筆のきっかけ

三田:きっかけは、小学校からの同級生が飲み会で言った一言でした。彼が「成績がいいというだけで高校の先生に『受験してみろ』と言われて来たような学生がいっぱい入ってくるんだよ」と言うのを聞いて、驚いたんです。

 それまで何となく、医学部に入るのは基本的にお医者さんの子弟だろうと思っていたし、そういう話を聞くことも多かった。

人気漫画家三田紀房が「強くおすすめしたい1冊」とは?三田紀房(みた・のりふさ)
1958年生まれ、岩手県北上市出身。明治大学政治経済学部卒業。代表作に『ドラゴン桜』『インベスターZ』『エンゼルバンク』『クロカン』『砂の栄冠』など。『ドラゴン桜』で2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。現在、「ヤングマガジン」にて『アルキメデスの大戦』、「グランドジャンプ」にて、『Dr.Eggs ドクターエッグス』を連載中。
Dr.Eggs公式アカウント:
https://twitter.com/dreggs_mita

 幼い頃からごく当たり前に、医学部に進学して医師になることを周囲からも期待され、自らも憧れ、志してきた子が多いのだろう、と。僕自身が医学にさほど興味がなかったので、ごく一般的なイメージしか持っていなかったのです。

 そのとき友人の話を聞いて感じた、「医学部にはそういう面もあるのか」という意外性は、僕の中でずっと引っかかっていました。その後、『グランドジャンプ』編集部から「医療に関する漫画を描いてもらえないか」と依頼されたとき、そのことを思い出して。

 明確な志なく、高校の先生に言われるまま受験して入学したような子が、どのように医師への道を歩んでいくのかを描けば、これまでにない漫画になるのではないか。

 そう考えて始まったのが『Dr. Eggs』です。

医学生のリアル

三田:作品に描くには、様々な資料が必要です。医学に興味のなかった私には、頼るつてがどこにもありません。そこで同級生に協力を仰ぐことになりました。大学の写真も使っていいと言ってくれたので、そのまま山形を舞台に描くことになったんです。

人気漫画家三田紀房が「強くおすすめしたい1冊」とは?Dr.Eggs』三田紀房著(集英社)

 同級生が紹介してくれた学生さんたちにかなり取材していますので、イマドキの医学生をかなり正確に描写できているのではないかと思っています。

山本:おっしゃる通り、私の友人でも都市部から地方の医大に進んだ人はかなり多いです。『Dr. Eggs』の主人公・円千森(マドカ チモリ)くんもそうですよね。

 他の学部に比べて医学部だけ偏差値がかなり高い総合大学が多いですし、自分の学力に合うところを選んだ結果、なじみの薄い地域の大学の医学部に行くというケースは多いと思います。ですから、円くんが高校の先生にされた進路指導は、都市部の実情をリアルに表現していると感じました。

 医学生は最初のうち、やはり医学を学ぶことへの漠然とした不安と、自分の選んだ人生をちゃんと生きていけるのだろうかという迷いを抱きがちですし、円くんのような学生は特にそのような傾向が強いと思います。

 そういう意味では、都市部の医大に都市部の進学校から進んだ医学生ではなく、円くんのような人が主人公に設定されたこと自体がすごく興味深く感じました。

医学部は夢の場所

三田:でも山本先生は都市部の国立総合大学の医学部ですよね。円くんのように曖昧な動機で医学部を目指されたわけではないのでしょうか?

山本:私が京都大学を選んだのは、高校生のときにオープンキャンパスで訪れた京大に一目惚れし、どうしてもこの大学に行きたいと思ったからです。

 私は地元の公立高校出身で、勉強の進度は遅れていましたし、成績的には厳しかったのですが、医学部も京大も諦めたくなかった。

 うちの家庭は特段裕福ではありませんでしたが、1年だけ浪人を許してもらって何とか京大に入学できたので、恵まれていたと思います。

 周囲には「現役で入れるところにしなさい」と言われた友人も多かったし、行きたかった医学部を諦めて工学部や理学部など他の理系学部に進んだ同級生もいました。

人気漫画家三田紀房が「強くおすすめしたい1冊」とは?山本健人(やまもと・たけひと)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学) 外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は開設3年で1000万ページビューを超える。Yahoo!ニュース個人、時事メディカルなどのウェブメディアで定期連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー10万人超。著書に17万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』『がんと癌は違います~知っているようで知らない医学の言葉55』(以上、幻冬舎)、『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』(KADOKAWA)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。
Twitterアカウント:https://twitter.com/keiyou30
公式サイト:https://keiyouwhite.com

 私の場合は、とにかく自分の関心のあることを好きな大学で学びたい、その一心でした。幼い頃から生物や人体に強い関心があり、図鑑を好んで読む子どもでした。

 中学・高校の生物の授業でも、生き物の身体の機能の面白さや神秘に、いつもワクワクしていた。

 高校までの生物では様々な領域を学びますが、人間の身体についてはあまり詳しく学びません。自分の身体のことなのに、ごく基本的なことしか学ぶ機会がない。人体についてもっと知りたい、深く学びたいと思うようになりました。

 医学部では、人の身体のことだけを学び続けても誰にも怒られません。医者になればさらにずっと学び続けられる。

 私にとって医学部は、自分の好きなことを学び続けられる夢の場所でした。

 しかし実際に入学してみると、私のような人は意外と少なくて、円くんたちのような、成績に見合った学部を選ぶという観点で医学部に楽々入ったものの、「あれ、私は本当に医学に興味があるんだろうか」と葛藤する友人もいました。

 そういう経験からも、『Dr. Eggs』の世界にリアリティを感じたんです