人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント10万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は医学部をテーマにした人気漫画『Dr. Eggs』を連載している漫画家三田紀房氏との対談をお届けする(取材・構成/高松夕佳)。

ベストセラー作家2人が大切にする創作の「共通点」とは?Photo: Adobe Stock

邪念を持つと成功しない

三田紀房(以下、三田):医学生の日常を描く『Dr. Eggs』のように特殊なジャンルを扱う場合は、世間にウケようとか大ヒットさせようといった邪念を持つと、作品として成功しないと思っています。

「こんな漫画、誰が読むんだろう」というぐらいの思い切り、振り切った感じが必要なのではないかと考えています。

 解剖実習のシーンにしても、解剖という実習がある、という紹介程度に描くことも、もちろんできます。でも僕はこの際、徹底的に描こう、と決めました。

ベストセラー作家2人が大切にする創作の「共通点」とは?三田紀房(みた のりふさ)
1958年生まれ、岩手県北上市出身。明治大学政治経済学部卒業。 代表作に『ドラゴン桜』『インベスターZ』『エンゼルバンク』『クロカン』『砂の栄冠』など。『ドラゴン桜』で2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。 現在、「ヤングマガジン」にて『アルキメデスの大戦』、「グランドジャンプ」にて、『Dr.Eggs ドクターエッグス』を連載中。
Dr.Eggs公式アカウント
https://twitter.com/dreggs_mita

 解剖の場合は多少ビジュアルの制約がありますが、できる範囲で徹底的に描こう、と。学生さんから「解剖実習が完了すると、ご遺体を棺に収める儀式があります」と聞けば、「そんなこともやっているのか。それならそこも描こう」となり、合同慰霊祭だけに1話を費やしたり(笑)。

 一般読者の生活には何の影響も与えないような事柄かもしれません。でもそこにこそ価値がある。

 医学生は医学部で接するすべてのことから学びを得ているし、それらすべてを描くことが大事だと思うのです。

本気でぶつかるから相乗効果が生まれる

 こちらがそのように描ける限界まで徹底的に描くぞ、という意気込みで取り組んでいると、学生さんも全力で協力してくれます。

「この解剖の状況がよくわからないんだけど」と伝えると、学生さんたちが牛乳パックをハサミで切っている写真を撮って「こういう角度でハサミを入れます」と送ってくれたり。

 合同慰霊祭のシーンを描く際には、大学の入口から体育館までの道がどうなっているのか360度写真に撮って送ってくれました。

 こちらが本気を出すと、相手も本気で返してくれる。

 本気と本気がぶつかって相乗効果が生まれていくと、医学部を描いた漫画としてはこれ以上のものは他にないというぐらいにまで持っていけるのではないか。最近はそう考えています。

面白いと思うことをひたすら書いた

山本健人(以下、山本):実は『すばらしい人体』も、人体や医学史の面白さなど、私自身が面白いと思うことをただひたすら書いた本です。

ベストセラー作家2人が大切にする創作の「共通点」とは?山本健人(やまもと・たけひと)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学) 外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は開設3年で1000万ページビューを超える。Yahoo!ニュース個人、時事メディカルなどのウェブメディアで定期連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー10万人超。著書に17万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』『がんと癌は違います~知っているようで知らない医学の言葉55』(以上、幻冬舎)、『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』(KADOKAWA)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。 Twitterアカウント https://twitter.com/keiyou30
公式サイト https://keiyouwhite.com

 つまり、読者に受け入れられるかどうか、売れるかどうかは脇に置いて、自分が面白いと思ったことをそのまま全部書く、そういう方針で作ったのです。

 それまでの著書は、どちらかというと啓発を念頭に置いていました。病院にかかるときはどうすればいいかなど、市民公開講座や講演会で話すような啓発的な内容を書くことが多かった。

 それらの本を手に取るのは、自分や家族が病気になったことがあるとか、現在通院中で、医療についてもっと知りたいと思っている人たちです。

 そのため、「とても役に立ちました」「一家に1冊あると助かります」「病院に行く前に必ず読みます」といった感想をよくいただきます。

 一方、『すばらしい人体』は啓発色ゼロの本です。

「注意しましょう」とか「こういうことをしましょう」という表現を敢えて消しているので、医療に関心はないけど教養書の好きな人、物理や化学、宗教などノンフィクションの好きな人がふと手に取ってくれて、「人体ってこんなによくできているんですね」といったコメントをくださる。全然違いましたね。

自分の「知りたい」が読者の「知りたい」につながるとき

三田:私も漫画家として、読者がどこにどんな反応をしてくださるかには最大限の注意を払うし、大いに関心を持っているのですが、『Dr. Eggs』については山本先生の『すばらしい人体』と同じなんです。

 私自身が「医学生ってこんな日常を送っているんだ」「こういうふうに医者に徐々になっていくんだな」という部分に非常に興味があるし、もっと知りたいと思っている。

 自分自身が未知の世界を知ることにワクワクしていて、描くのが楽しくてたまらない。それを読者がどう読んでくださるかは、コントロールできませんから。

 まずは自分が楽しむというスタンスで、この作品については取り組んでいますね。

 実際に自分が診察を受けるときなども、「この人はすごく立派な先生だけど、大学2年のときは解剖で苦労したんだろうなあ」とかふと想像しちゃいます(笑)。

山本:医学部は閉鎖的で、他学部の人とかかわる機会が少なく、医者になってからも医学部時代の先輩/後輩の関係が続きます。だからその狭いコミュニティの中で、かれらがどんな人間関係を構築し、どんなことに悩みや迷いを感じているかはほとんど知られていないんですよね。

ベストセラー作家2人が大切にする創作の「共通点」とは?Dr.Eggs』三田紀房著(集英社)

 高い垣根の向こう側にいる人、それが医療従事者のイメージなのではないでしょうか。

 でも、当然ながら医学生もごく普通にいろんなことに迷ったり悩んだりしている。『Dr. Eggs』を通して、そうしたことを広く知ってもらえるのはすごくありがたいです

 私の好きなシーンの1つが、東医体に出場するサッカー部を応援するためにサッカー場を訪れた主人公たちが、駐車場でズラっと並んだ高級外車を見て呆然とする場面(第4巻)です。

 あのシーンでなぜ主人公たちが驚いたのかについては、ぜひ『Dr. Eggs』を読んでほしいと思いますが、私も同じ経験をしたので思わず笑いました。ああいう医学部独特の細かなリアルを知るのは、読者の方には面白いだろうと思います。

『ドラゴン桜』のヒットの理由

山本:ちなみにご自身が面白いと思って描かれた作品と、たくさんの人に読まれたいという思いで描かれた作品とで、結果的にはどちらが売れましたか?(笑)

三田:そうですね……。例えば『ドラゴン桜』は、最初から当てに行った作品です。

 市場ニーズをきっちり分析して、そこから成功するために必要なルールを導き出すことが必要だと思います。大げさに表現すること、そして「バスの行き先理論」です。バスは必ず行き先が決まっていますよね。

 だから、その行き先に行きたい人しか乗らないわけです。それと同じように、『ドラゴン桜』は、「東大合格」という目標に共感する人たちをひきつけたわけです。

 ビジネスでも行き先=目標がはっきりしていないと、周りの人は自分についてきてくれません。だから、自分の目標や特徴というものをしっかりとアピールして、それに賛同してくれる人を集めれば、きっと成功できると思います。

Dr. Eggs』も、もちろん成功させたいです。でも残念ながら当たるフォーマットではありません。まず、主人公がへなちょこ野郎です(笑)。

 円千森(マドカ チモリ)くんのような地味でおとなしいタイプを主人公に据えた作品が大ヒットに結びつくことは少ない。とはいえ、自信満々で医学部に入った熱意もあってイケてるヒーローの学生生活の話を、果たして読みたいか。

 僕としては、やはり地味でパッとしない子が少しずつ医者になる自覚を獲得して成長していく、というほうが思い入れを持って描ける。

 今回は、個人的な考えを通させてもらったという感じです。

山本:なるほど……すごく興味深いお話です。

先輩医師からのアドバイス

三田:最後に1つお願いがあります。医学の道を歩み始めたばかりの主人公・円くんに対して、先輩医師の立場から何かアドバイスをいただけないでしょうか。

山本:1つは、「医学部は、学んだことがそのまま職業に活かせる学部だ」ということでしょうか。確かに医学生は覚えなければいけないことがものすごく多いし大変です。でも、医学部には職業養成学校の側面があって、ほとんどの学生は卒業後、医者か医学研究者になる。

 つまり、学生時代に学んだことがそのまま仕事に活かされるのです。

 もう1つは、「医者は、人の役に立っているという実感が得やすい職業だ」ということです。

 もちろん、どんな職業も誰かの役に立っていますが、医者の場合は自分の仕事で目の前の患者さんの病気が治ったり、症状が緩和されたりするのを身を持って実感できますし、毎日多くの患者さんから「ありがとう」の言葉をいただけます。

 この2つの意味で、実は医大生は、学生時代から明るい未来を描きやすいのではないかと思っています。これってかなりお得ですよね(笑)。

 円くんは今とても苦労しているけれど、実は結構恵まれているんだよ、と伝えたいですね。

三田:ありがとうございます。今後、漫画のどこかで登場するかもしれませんので、そのときは「あ、ここだな」と思っていただければ(笑)。

山本:やった、すごくうれしいです。今後も目が離せませんね。今日はありがとうございました。

三田:こちらこそ楽しかったです、ありがとうございました。