人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント10万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は医学部をテーマにした人気漫画『Dr. Eggs』を連載している漫画家三田紀房氏との対談をお届けする(取材・構成/高松夕佳)。
円千森に似た同級生
山本健人(以下、山本):三田先生の漫画作品『Dr. Eggs』は、医学生の変化していく内面もリアルに描かれていますよね。
医学部に入る人は、比較的勉強を苦にしない人が多いように思います。自分の興味があることにはのめり込めるし、好奇心が強くて興味を持つことのできる人たちなので、動機は曖昧でも、入学後、実際に学び始めると医学の面白さにハマっていくのです。
主人公の円千森(マドカ チモリ)くんも、最初はグラグラしていましたが、途中から脳に興味が湧き始め、自分は大学院に進んで研究者になるのかな、と具体的な将来像を描き始めています。
私の同級生にも、そういう人はたくさんいました。当時、生物は医学部受験の必須科目ではなかったので、高校では生物を選択せず、理科は物理と化学だけを勉強して医学部にやってきた友人が多くいたんです。
それでも入学後しばらくすると、医学の勉強にめちゃくちゃハマって楽しそうにやっている。もともとみんな勉強が好きだし、いったん興味を持てばのめり込める才能はあるから、徐々に変わっていくんでしょうね。
日本の教育の長所
三田紀房(以下、三田):医学生に限らず、そういう若者は多いのではないでしょうか。僕も作品を通じて10代の若い人たちと接する機会が多いのですが、将来どうなりたいか、明確な夢を描いていてそれを伝えられる人は少ないと感じています。
自分には何が向いているんだろう、何が好きなんだろうとはっきり自覚できないまま学生生活を過ごしている人は、かなり多い。
つまり、医学部だけが特別ではないのです。
1958年生まれ、岩手県北上市出身。明治大学政治経済学部卒業。代表作に『ドラゴン桜』『インベスターZ』『エンゼルバンク』『クロカン』『砂の栄冠』など。『ドラゴン桜』で2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。現在、「ヤングマガジン」にて『アルキメデスの大戦』、「グランドジャンプ」にて、『Dr.Eggs ドクターエッグス』を連載中。
Dr.Eggs公式アカウント:
https://twitter.com/dreggs_mita
日本の教育システムに対しては、様々な意見があります。もっと早いうちから目標を定め、それに向かって努力するべきだという考え方もあり、推奨されがちです。
でも僕は、学校に入ってから少しずつその分野に興味を持っていき、自分の良さを伸ばしていくという方法もあると思うし、そういう方向がもう少し語られるべきではないかと考えています。
そうしたルーズさを許容しているところに、日本の教育の良さはあるのではないかと。
山本先生がおっしゃったように、入学してから「あれ、これって面白いな」「もっとこのことを知りたい」と世界を広げていくようなあり方も、もっと認められていいのではないでしょうか。
早いうちから目標を決めてそれに向かって努力しろ、と子どもたちを追い立てると、かえって精神的ストレスを与えることになる。入ってみて向いていないと思えば、また別のことをやればいいのです。
社会はもっと若い人に緩やかに向き合い、豊富な環境を与えてやるべきだと僕は思っています。
医学部にしても、入ったからには医師を目指して頑張れと決めつけるよりは、「入ってから考えてもいいんじゃない」という間口の広さがあったほうが、多様な人材がたくさん入ってきて、医学界がもっと面白くなると思います。
骨を並べる
山本:医学部に入ってまず学ぶのは解剖学、その次が生理学です。解剖学は人体の構造を理解する学問で、生理学はその機能を理解する学問です。
解剖学がハードだとしたら、生理学はソフト。構造を学べば、それぞれの器官が持つ機能の理由がわかります。
逆に機能を学べば、器官がなぜそのような構造になっているかがわかる。解剖と生理は表裏一体の関係にあるのです。
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学) 外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は開設3年で1000万ページビューを超える。Yahoo!ニュース個人、時事メディカルなどのウェブメディアで定期連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー10万人超。著書に17万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』『がんと癌は違います~知っているようで知らない医学の言葉55』(以上、幻冬舎)、『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』(KADOKAWA)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。
Twitterアカウント:https://twitter.com/keiyou30
公式サイト:https://keiyouwhite.com
医学生がなぜこの2つを最初に学ぶのか。それは、人体の正常構造と機能が医学の土台になっているからです。正常がどうであるかを知らない限り、異常がどういう状態なのかを知ることはできません。
ただ、医学部1年生というのは、それまでひたすら机に向かって教科書とノートと問題集と睨めっこしながら勉強してきた人たちです。それが入学した途端、いきなりご遺体を目の前にして、それを解剖していくのです。
「すごい世界に来ちゃったなあ」と愕然とし、次第に「ああ、自分はこの対象を学んでいくのか」と覚悟を決めていく。
三田先生の『Dr. Eggs』を読んで、基礎の基礎を学ぶことから自分の医学の道もスタートしていたことを思い出しました。
三田:連載が決まったとき、どんな内容にするかを関係者みんなで相談しました。同級生に「まず何から勉強するの?」と聞いたら、「骨だな。骨を並べるんだよ」と。
「へえー」と思いましたね。医学部では当たり前のことなのでしょうけれど、我々部外者にしてみれば、1つひとつが発見であり、新鮮な驚きがある。人体には数百もの骨があり、それを正確に並べるのがいかに大変かということも、聞いて初めて知ることでした。
そこで、そうした初歩の初歩から丁寧に描いていくことにしました。
そうすることによって、一般読者も僕が感じたのと同じ驚きと知識を得て、医学への好奇心が湧くのではないかと考えたのです。
山本:実は私も『すばらしい人体』には、私自身が医学部時代に面白いと思っていたことをそのまま書いているんです。
「腕や脚は驚くほど重いのに、なぜ普段は重さを感じないのか」とか、「なぜ揺れる電車内でも文字が読めるのか」とか、日常生活で当たり前だと思っていた人体の機能が、いかに精巧なシステムで成り立っているかを知り、この素晴らしさを多くの人に伝えたいと思いました。
当時すごく面白いと感動したことは今も残っているし、それは医学を専門としない人にも面白いと感じてもらえることだと思ったので。
医者になってからは、医学生時代に学んだ病気によって実際に不快な症状を感じている人と話す機会ができます。
これは医学生のときには得られなかった機会です。
何百人、何千人もの患者さんと話すうちに、それまで頭で理解していた臓器の構造と機能に起こる異常が、実際にはどう現れてくるのかがわかってくる。
そこでまた大きな発見がたくさんある。それらももちろん、本には生かされています。