「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の最新刊『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!

「満足度を最大化するのではなく、後悔を最小化する」というサティスファイサー戦略Photo:CORA / PIXTA(ピクスタ)

「選択肢が多すぎると決められなくなり、幸福度が下がる」

 コスパ(コストパフォーマンス)やタイパ(タイムパフォーマンス)が意識されるのは、現代社会では選択肢が多すぎて、選ぶことができなくなっているからだ。アメリカの心理学者バリー・シュワルツは2004年に、「選択肢が多すぎると決められなくなり、幸福度が下がる」と主張して大きな反響を呼んだ(書籍「なぜ選ぶたびに後悔するのか」)。

 シュワルツは、すべてのことに最高を求めるひとを「マキシマイザー(利益最大化人間)」と名づけ、選択肢が飛躍的に増えている高度消費社会では、この戦略はいずれ破綻するほかないと論じた。どれを選んでも「もっとよい決断ができたのではないか」と後悔し、その結果、なにも決められなくなって、「あのとき決断しておけばよかった」とふたたび後悔するのだ。

 選択肢が多いと選べなくなることは、心理学者のシーナ・アイエンガーが行なった有名な「ジャムの実験」でも確認されている。インドから北米に移住したシーク教徒の家庭に生まれ、幼い頃に遺伝性の視覚障害を発症し、高校生になる頃には完全に失明したアイエンガーは、それでもアカデミズムへの道をあきらめず、数々の独創的な研究で注目を集めてきた。

 1990年代、アメリカの高級スーパーマーケットの食品売り場では、15種類のミネラルウォーター、150種類のビネガー、250種類のマスタード、同じく250種類のチーズ、300種類のジャム、500種類の農産物を揃えていた。

 店長は豊富な品揃えに勝るものはないと信じていたが、それでも顧客にどの程度の選択肢を与えればいいのか知りたいと思った。そこでアイエンガーの実験に協力することにした。

 アイエンガーは食品売り場にジャムの試食コーナーを設け、豊富な品揃え(24種類のジャム)と貧弱な品揃え(6種類のジャム)で買い物客の反応がどうちがうのかを調べた。

 買い物客が試食コーナーに立ち寄った割合は、24種類のジャムのときが60%、6種類のジャムのときが40%だった。予想どおり、豊富な品揃えは多くの関心を惹くことに成功した。

 買い物客には、ジャムに使える1週間有効の1ドルのクーポン券が渡された。試食したジャムが気に入ると、ほとんどのひとがこのクーポン券を使って(1ドル引きで)購入した。

 そのクーポンを集計した結果は、予想とは大きくちがっていた。6種類の試食に立ち寄った客の30%が実際にジャムを購入したが、24種類の試食の場合、購入に結びついた割合はわずか3%だった。その結果、ジャムの売上は貧弱な品揃えの方が6倍以上も多くなったのだ(書籍「選択の科学」文春文庫より)。選択肢が多いとそれだけ認知資源を消費するから、「1ドル(約130円)安くなるくらいどうでもいいや」と思って購入する気がなくなってしまうのだ。

 とはいえ、わたしたちが選択する際、親切な誰かが選択肢を減らしてくれるわけではない。そんなときはどうすればいいのだろうか?