「遠大な宇宙」と「日常の些事(さじ)」――。一見すると結びつきのなさそうな両者を行き来しながら描くエッセー集『ワンルームから宇宙をのぞく』(太田出版)。著者の久保勇貴さんは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の若手研究員で、さまざまな宇宙探索プロジェクトに携わっている。数理中心の世界で働きつつ、豊かな文学的表現を駆使し、ファンを拡大中の久保さん。彼の言葉はなぜ共感を生むのか、その「人となり」を知るためにインタビューした。(聞き手/ライター 正木伸城)
東京大学からJAXAへ、勉強のモチベーションは
――宇宙に興味を持たれたのはいつからですか?
明確な「あの時」というのはありません。実は、まず先にあったのは漠然とした「死への恐怖」でした。人生は、いつか終わる。例外はない。そこに感じた「闇」のようなものと宇宙のイメージが重なり合って、気がつけば宇宙に関心を抱いていたのだと思います。
でも、それがやがて「宇宙に行ってみたい」という願いに変わります。宇宙に行けば「死」に対する感情や人生観が変わるかもしれないと考えたのです。それと、ヒーロー的なものに対する憧れが織り交ざって、小学校の高学年になる頃には宇宙飛行士になりたいという夢を持っていました。とはいえ、一筋縄で実現できる夢ではありません。わが家は特別なエリート家系ではありませんし、僕自身の成績も特段良かったわけではない。
――そこから東京大学に進学してJAXAに勤めるわけですが、難関を突破する高いモチベーションはどうやって培われたのでしょうか。
「夢を見つけたら、後はまっしぐらでした」と言いたいところですけれど(笑)、勉強の動機は消極的なものでした。一つは、周囲から寄せられる期待を裏切るのが怖かったこと。祖父をはじめ、僕には教育に投資をしてくれる人がいました。それを受けて、期待を感じてビビッたところがあります(笑)。もう一つは、特に高校で進学校に入学したことです。勉強ができる子ばかりに囲まれて、焦りました。
――ある意味「他律」で、周囲の環境や他人に背中を押されて、影響されて勉強をしていた側面があったと。
そうですね。「他律」ということでいうと、祖父は、僕を感化してくれた人の一人かもしれません。祖父も出身家庭がエリートだったわけではありませんが、自分で会社を起こして大きくした人です。探求心がすごくて、例えば定年ごろから学び始めた韓国語は、(十数年で)今や書くことにおいてはネイティブ並みだそうです。
その祖父から、「しっかりした方向性の努力なら、報われる」という教えを受けてきました。祖父は「神や仏は信じなくても、努力は信じる」という人でしたので、その影響からか、僕自身も努力の継続については意味を信じることができたと思います。
とはいえ、消極的な動機だけでずっと生きてきたわけではありません。特に、数学や力学、制御工学が、宇宙機の構造や動きにしっかり活用されていることがわかった頃から、勉強の面白さに目覚めました。それまでもロケットの打ち上げは何となく(ニュースなどで)見ていましたが、「あの仕組みが緻密な計算と理論でできているのか」と自分で確認できた時に、「アートだな」と思って、そこから学びに拍車がかかりました。
――どんな「環境」と「人」に出会うか、また「いま学んでいる勉強にどんな意味があるか」を知ることが大事なのですね。
今、小学校などで講演をさせていただく機会が増えました。その時に、勉強をする意義についてしばしば語らせてもらっています。「数学って何に役立つの?」みたいな話ってよくあるじゃないですか。ロケットの打ち上げに限らず、実は数学をはじめ多くの学問は、日常のそこかしこに“結晶化”している。
音楽も漫画も、映画も建築もそうです。緻密な計算が生み出す奥行きが、そこにあるという事実に気づくと、世界がより立体的に見えるようになります。その豊かさに気付けたことが自分のモチベーションになったので、子どもたちにもそれを伝えようとしています。