提唱者のロベルト・ベルガンティが経営学者であることから、「意味のイノベーション」はビジネスの方法論として認識されがちです。しかし、その適用範囲は全ての社会活動に及ぶと言っても過言ではありません。地域に眠る資産に新しい意味を見いだし、価値の最大化に成功した事例から、地域活性化における意味のイノベーションの有効性について解説します。
繁栄の時代から忘れられた地へ
「意味のイノベーション」は人が関わる全ての領域に適用できる考え方です。地域の活性化をテーマにしたイノベーションも例外ではありません。
今回は、第2次世界大戦後の高度経済成長に取り残された「ありきたりの田園風景」が、1980年代後半以降、息を吹き返した事例を紹介します。名の知れた特産物があるわけでもなければ、歴史的に著名な建築物があるわけでもない。そんな地域が、美しい文化的景観がユネスコの世界(文化)遺産に登録され、農業が盛んになり、都市の人々との交流も増えたというお話です。舞台はイタリア半島の中央にあるトスカーナ州オルチャ渓谷です。
中世の時代、オルチャ渓谷はローマに巡礼するための交通ルートとしてフランチジェナ街道(英国から海を越えてフランスとスイスを経由してローマに至る道)が通る場所に位置し、旅人をもてなす場、防御と監視のための要塞、宗教施設などのインフラが形成されました。その後、シエナ共和国の一部として繁栄します。都市と農村のバランスが取れた社会であったことは、シエナ市庁舎(プッブリコ宮殿)にあるフレスコ画『都市と田園における善政の効果』(アンブロージョ・ロレンツェッティ)という14世紀半ばの作品から推測できます。
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産業革命を経て20世紀に入ると、この都市と農村の良きバランスが崩れ、殊に1950年代のイタリアの経済成長期においては、田園地帯は工業団地や新興住宅地の用地としてコモディティー化します。さらにイタリア政府が農家の自立を促したことで、うまくいかない人たちは農村を離れ、人口が急激に減少します。こうしてオルチャ渓谷はイタリアでも忘れられた存在になっていきます。