A4一枚から始まった、社長とデザイナーのブランド変革Suyzanna / PIXTA

人と機械が共創する社会の中心企業――。それが、ニコンが掲げる「2030年のありたい姿」だ。一眼レフカメラで抜群の知名度を誇る同社だが、同ビジョンでは、長年培ってきた「光利用技術」と「精密技術」を縦横無尽に活用し、ものづくりはもちろん、医療、環境、エンターテインメントなど幅広い領域で変革をけん引する姿が描かれる。こうした未来像の構築で大きな役割を果たしたのが、2019年に全社に横串を通す社長直轄組織として生まれ変わったデザインセンターだ。その背景には、馬立稔和社長と橋本信雄センター長の深い対話があったという。(聞き手/音なぎ省一郎、坂田征彦、構成/フリーライター 小林直美)

社長直轄組織に生まれ変わったデザイン部門

――デザインセンターが社長直轄組織として発足したのは2019年ですね。組織変革の経緯を教えてもらえますか。

 それまでニコンのデザイン組織は映像事業部内の一組織として存在していました。業務の中心はカメラなどBtoC製品のデザインでしたが、少数ながら他事業部のBtoB製品もデザインしたり、一方で私たちが全く関与しない製品やサービスがあったり……。組織の形と業務がかみ合っていない状況を変えたい。さらには、技術とクリエイティブを価値創造の両輪にしたいと考えて、社長の馬立稔和に掛け合って、デザインセンター化が実現しました。

――中身もかなり変わったのでしょうか。

 発足時は、旧デザイン部の組織をそのまま受け継いで、主にプロダクトを手掛ける「ID(インダストリアルデザイン)」、主にソフトウエアを手掛ける「UI&インタラクション」、体験を設計する「エクスペリエンス」の3グループ体制でしたが、翌20年に大きく機能が広がりました。経営戦略部門にあったコーポレートブランディングチームが合流し、さらに、エクスペリエンスグループからコミュニケーションデザインチームが独立し、5グループ体制になりました。現在は、ブランド構築、体験価値向上、イノベーションの三つの機能を全社に提供しています。

――「デザイン経営」的な動きが強まったのですね。

 まだ道半ばですが、長期ビジョンの策定を提案したり、中期経営計画(2022〜25年度)のコンセプトストーリー作りに参画したりしたことは「デザイン経営」の第一歩といえるかもしれません。
 そして現在、最も注力しているのが「ブランド構築」です。

 ニコンといえば一般的にはカメラの会社だと思われていますが、実は産業機器からヘルスケアまで、幅広い事業領域があります。フラットパネルディスプレーの生産技術で薄型テレビの普及に貢献したり、半導体露光技術でスマートフォンの進化を支えたり……と、かなりイノベーティブな実績があるのですが、一般的に認知が広がっていないと考えています。これまでの実績や将来に向けた取り組みを通して、社会を支え続ける企業として認知・共感してもらうことをミッションとして捉えています。ブランド体験としても製品やサービス、企業広告や展示会などの各タッチポイントにデザインで横串を通すことに取り組んでいます。