実は賃上げ「率」にこだわっているのは
経営者だけ

 ここ数年、賃上げが話題に上ることが増え、中小企業でも実施するところが増えています。私は20年以上にわたって中小企業のコンサルティングを行っていますが、実は吉田社長のような思い込みをしている中小企業の経営者は少なくありません。それはメディアで発信されている賃上げ率を上回っていれば社員が納得する、昨年よりも賃上げ率が上がればいいという思い込みです。

 しかし、社員が気にするのは「率」ではなく、「総支給額」です。実は新卒者の初年度の賃金というのは、大手企業と中小企業でそれほど大きな差はありません。採用する側も見劣りしないような額に設定することが多いのも理由です。

 しかし、30代になってくると差が開いてきます。「令和4年賃金構造基本統計調査」の「企業規模別にみた賃金」によると、常用労働者1000人以上の大企業と10人~99人の小企業で平均賃金を比較した場合、25~29歳では月額2万8500円の差です。しかし30~34歳になると4万5800円、40~44歳では7万4500円に広がっていきます。さらに年齢区分の中で最も平均賃金の高い50~54歳を見ると、10万7400円もの差となるのです。

 若手社員も大学時代の同級生との会話やメディアの情報から、こうした差があることを実感し始めます。生活をする中で豊かさの差を実感する場面も増えてくるでしょう。そして「するなら早いうちに」と転職を考えるようになるわけです。

 一方で中小企業では常に自社の賃金をベースにしてしまい、「昨年より上げるか、下げるか」という発想で考えている経営者が多いのも事実です。社長一人でいろいろなことを決めているため、自社の賃金を客観的に分析したり、他と比較したりするという気持ちの余裕がないことも理由でしょう。大手企業どころか同じ規模の同業他社の平均額も知らない経営者は意外に多いです。

(参考)
令和4年賃金構造基本統計調査の概況

https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2022/dl/13.pdf