業界、エリア平均を調べ尽くして
採用者を増やしたA社の事例
では、どうすればいいのでしょうか。ここでは吉田社長と同じ規模の会社ながら、賃金アップを図り、採用者を増やしたA社の事例を紹介します。
食品卸を専門とするA社も若手が離れていくことに頭を悩ませていました。私はこうした悩みを抱える中小企業に対して、まず同じ業界の大手企業との賃金比較グラフや業界平均、エリア平均などを示すことから始めます。それによってA社の社長も「とんでもない格差」に初めて気づき、危機感から改革に乗り出しました。
そこで導入したのが「賃金テーブル」。別名「給与テーブル」ともいいます。これは賃金・給与を設定するための基準となる表で、新人から管理職クラスまでのステージ別にグレード(等級)ごとの金額を設定したものです。
まず、ステージをスタッフ、リーダー、マネジメントの3つに分け、それぞれのグレードの段階数と求める役割や仕事内容を設定。その上で各グレードに求められる仕事への対価としてふさわしい金額を決定します。それを「標準額」として、その中で役職手当や基本給(本給、仕事給)の内訳を決めます。
勤続年数が増えるにしたがって賃金が増加する年功序列型の賃金テーブルもあれば、業績を上げればその分だけ賃金が増えていくテーブルもあります。貢献年月を重視するのか実力主義なのか。「賃金テーブル」には人材育成に対する会社の姿勢が反映されます。
しかし、いきなり賃金テーブルを提示しても社員の納得は得られません。「なぜ、あの人より少ないのか」「これまでの成果に見合っている気がしない」など、不満が噴出する恐れがあります。なぜなら、社員が賃金に対する不満を持っているとき、賃金制度を変えるだけでは解消されないからです。
必要なのは自分が成長していくための道筋を示し、その成長が評価されると実感できる「評価制度」の仕組みです。「評価制度」と、会社の経営理念やビジョンを示し、その実現に向けた計画や戦略を明らかにした「経営計画」とを連動することによって、社員全員が同じベクトルを向くことができます。
A社では賃金テーブルを設定後、社員全員と面談を行い、金額の客観的な根拠を伝えるとともに、3年後、5年後、10年後にはどのような活躍をしてほしいか、それによってどれぐらいの給与になっていくかを伝えました。同時に5年後、10年後の目指すべき姿、達成すべき目標を全社員で共有しました。
例えば、ある社員には、会社の成長によって、大手企業では50歳でも難しい部長職に40歳で就くことができること、それによって大手の平均を超える賃金にすることも可能だと伝えました。さらに採用面接の場でも、入社候補者に対して、会社のビジョンや賃金の根拠となる評価制度についての説明を続けるなど、改革を推進していきました。
そして2年後には計画していた通りの賃上げが実現。離職率も下がり、採用もうまくいくようになったのです。