世界標準の経営理論』著者で経営学者の入山章栄さんは、佐宗邦威さんの著書『理念経営2.0』について、「日本中の経営者が絶対に読んだほうがいい、いや、ありとあらゆるビジネスパーソンがみんな読むべき」と絶賛しています。
経営学者と戦略デザイナーとして別の立場から企業を支援するお二人に、企業や働く人に伝えたいことを語ってもらいました(第3回/全4回 構成:フェリックス清香)。

「過去」を使い倒せば、企業は大きく変わっていける

自分たちが知る会社像は、歴史が浅いものだった

入山章栄(以下、入山) 数年前から佐宗さんとはいろいろな対談をしてきて、最初は佐宗さんは戦略デザインから、僕はイノベーションや知の探索から考えて意見を交わしてきました。それが佐宗さんはこの度『理念経営2.0』を上梓されましたね。僕もやはり別の方面から同じように「ビジョン、パーパス、ミッション、バリュー等、理念が大事だ」という結論に辿り着いています。

佐宗邦威(以下、佐宗) やはりそうですよね。僕はデザインファームとしてイノベーションや新規事業の支援をしてきたのですが、ここ3年は理念作りがメインの仕事です。

入山 今、僕はある上場企業の社外取締役をやっています。この企業は経営者も含めてとても可能性があるすばらしい会社なのですが、「知の探索」として新規事業を作って変革しようとしてもなかなか方向性が決まらないんです。いろいろな新規事業のアイデアをマトリックスで出して、これが自社の技術から近い/遠いなどと議論しているのですが、「そんな議論の前に、この先何十年で何をしたいかが重要ですよね。何がしたいんですか?」と聞いても、まだ出てこない。これはいかんと思って、ビジョン・セッションを社長と二人で始めたんです。

佐宗 先生が壁打ち相手になって、話を引き出す方法なのですね。実はそういう、ビジョンづくりの社長の壁打ちのような案件、僕のところでも増えています。経営者のあいだで求められているのでしょうね。

入山 そのビジョン・セッションは、まさに佐宗さんの『理念経営2.0』にあるのと同じ方法から始めたんですよ。で、この会社は今年で創業100年近くて、代々親族で経営されてきたのですが、社長のお父さんが会長でまだご存命だったので、「創業から今までに何が起こったのかを聞こう」という話になったんです。

佐宗 会社の歴史を紐解いたわけですね。

入山 そうなんです。お話を聞くと、もともとは今の本業とはぜんぜん違うことをやっていたことがわかりました。創業当時の話は、現役の幹部たちもみんな知らないことだらけだったので驚いていました。

佐宗 どこかの時点で、大きな事業の転換をしていたわけですね。

入山 そうなんです。こうやって歴史を紐解いていったことで、社長や幹部の何人かは「あ、自分たちがいまやっている事業にこだわる必要はないのかも」と思い始めてくれみたいでした。幸いにも、社長のお父さんがとてもお元気なうちに会社の歴史を辿れたので、みんなの腹落ちを始めることができました。

「過去」を使い倒せば、企業は大きく変わっていける
入山 章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年より現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)などがある。