世界標準の経営理論』著者で経営学者の入山章栄さんは、佐宗邦威さんの著書『理念経営2.0』について、「日本中の経営者が絶対に読んだほうがいい、いや、ありとあらゆるビジネスパーソンがみんな読むべき」と絶賛しています。
経営学者と戦略デザイナーとして別の立場から企業を支援するお二人に、企業や働く人に伝えたいことを語ってもらいました(第2回/全4回 構成:フェリックス清香)。

「知の探索」に挫けた経営者が、まず考えるべきこと

「両利きの経営」がうまくいかないときに考えるべきこと

入山章栄(以下、入山) 佐宗さんの『理念経営2.0』には、経営学でいうセンスメイキング理論を実践するための方法がわかりやすく佐宗さんなりに書いてあってよかったですね。センスメイキング(Sensemaking)はmake sense(納得する、腹落ちする)から来ていて、それがないと「知の探索」は続けられない。僕の周りを見ても、イノベーターはみな、腹落ちの達人です。

佐宗邦威(以下、佐宗) ありがとうございます。センスメイキングって、デザインファームのように未来を作る仕事にとってはめちゃくちゃ重要なのですが、以前からそれをメンバーにどう伝えればいいかが、なかなかわからなかったんです。いろいろと試行錯誤するなかで、「『自分はどこから来て、どこに向かおうとしてて、だから自分は今、こういうことをするんだ』というフォーマットで語ってみよう」という説明をしてみたら、それがメンバーにとってもいちばんわかりやすかったみたいで、それこそ腹落ちをしてくれたんですよね。

入山 最近、僕も講演では改めて「両利きの経営」の話をした後で、「でも、『知の探索』ってくじけますよね。『知の深化』ばかりやりたくなりますよね」と話すんです。そして説明するのが、とにかくセンスメイキング理論が重要だということです。

佐宗 社員みんなが「なぜそれをやることが必要か」を理解し、腹落ちすれば、みんな自分たちなりに方法を考えて動けますからね。

入山 そうなんです。ただ、問題はどうやったら社員みんなに妄想に共感してもらって、社員みんなの腹落ちが起こせるかですよね。これは今、グローバル企業でも起こっていることなのですが、会社の長期ビジョンやパーパスと、個人のビジョンやパーパスがずれてしまうのことは多いです。それを解消しない限り、社員みんなの腹落ちは起きません。そこで改めて考えたいのが、「両利きの経営」と「センスメイキング理論」、野中郁次郎先生の「SECI理論」の関係性です。

「知の探索」に挫けた経営者が、まず考えるべきこと

 なぜこの3つかというと、未来の妄想は大事なのですが、それが腹落ちするためには妄想の形式知化が必要になるんですよね。それは野中先生のSECIモデルで言われていることです。人間は身体知や経験など、暗黙知の方を圧倒的に豊かに持っています。形式知化されているのは氷山の水面から上の部分だけのようなものです。だから形式知だけで考えていると失敗します。暗黙知と形式知を往復することが非常に重要なのです。

佐宗 確かにそうですね。ただ、暗黙知を形式知化するのは簡単なことではないですよね。

入山 そうなんです。一人ひとりがそれぞれの「暗黙知」によって世界を見ているから、それぞれの主観と主観を徹底的にぶつけ合う「知的コンバット」によって形式知化することが必要だと野中先生も勧めています。これが難しいから、デザイン経営やデザインファームのBIOTOPEが注目されるのでしょう。

佐宗 面白いですね。たしかに、デザインがやっていることの一面として、分解と再統合というのがあります。そのプロセスのなかで、経営者にとってまだ暗黙知に留まっているものを形式知化し、さらにそれを統合したり、伝えたりする仕事をしている気がします。

入山 イノベーションを起こすには両利きの経営が不可欠なのだけれど、両利きの経営は大変なので、未来への腹落ち=センスメイキングが不可欠です。でも腹落ちをするには、人間が豊かに持つ暗黙知を形式知化しないと共感されません。だからSECI理論が重要です。でも形式知化するには、個々の暗黙知が豊かでないといけない。だから知の探索を続けて暗黙知を豊かにする必要がある。このサイクルがくるくる回る、これが習慣化されている組織がこれからは絶対に強いと話しているんです。このことを、『理念経営2.0』では佐宗さんなりに実践的にフレームワーク化しているのが、すばらしいなと思います。

「知の探索」に挫けた経営者が、まず考えるべきこと
入山 章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年より現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)などがある。