自社の歴史を考える「レトリカルヒストリー」の発想
入山 この企業の歴史を紐解いていくときに気づいたのが、創業の場所の土地柄です。創業の場所が平地なんですね。つまり、歴史上、敵があまり攻めてこなかった土地なんです。だからみんなのんびりしているのか、と。ここからこの企業の今のカルチャーが来ているのかもしれないな、なんてことも考えられます。
佐宗 おもしろい! 歴史は会社にとって重要な資産ですよね。日本には長い歴史を持つ会社が多いのだから、使わない手はないなと思います。
入山 実は経営学にも歴史を活用するレトリカルヒストリーという研究分野があります。この研究のおもしろいところは、歴史をありのまま正確に描写する必要はないとしているところです。つまみ食いして美しいストーリーを作ることを推奨しているのです。
たとえば信者の方にはたいへん失礼な言い方ですが、イエス・キリストも見方によれば当時は「ちょっと危ないおじさん」だったのかもしれません。でも、後世が語り継いでいくことで、神聖さが増してきます。本田宗一郎も、現場では怒るととても怖い人だったと言いますよね。見方によれば、現代の感覚ではパワハラだとも言えます。でも「熱い経営者魂のある人だった」とも語れて、そう語れば本田宗一郎を信じてやっていこうと思えます。歴史をいかにみんなが納得するレトリックに変えていくのかが大事なんですよね。
佐宗 歴史というのは、一度「正史」を作ると固定されてしまいますからね。未来に向けたナラティブが生まれやすくなるよう、いったんこれを見直したり、書き換えたりすることは、経営の現場でもとても有効だと思います。
少し話がずれますが、入山先生がそういった皆さんの語りを引き出すときには、役員を巻き込むというよりも、社長と直接に壁打ちするようなスタイルをとっているのですか?
入山 両方行います。やはり最終的には役員全員を巻き込まなければなりません。ただ、僕は、ミッション・ビジョン・パーパスは、会社の未来に責任を持つ社長が作るべきだと思っているのです。だから最後は社長が納得する言葉で作る必要がありますよね。一方で、バリューやカルチャーは会社全体のものだから、全社、少なくともエース級の若手を巻き込んだほうがいいと思っています。
日本企業の場合は言語化が不得手な社長が多いので、誰かが社長の語りの媒介をしたり、車座のファシリテーターをしたりする必要があります。そういう存在が少ないのは日本企業の課題ですよね。先ほどの企業でも、今後社内で会長から歴史を聞く会をやるのですが、「聞き役を入山先生がやってくれるなら話しますよ」と会長がおっしゃるので、当分、会長と日本や世界を行脚することになりそうです。
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(いずれも、ダイヤモンド社)などがある。