トレンドが激しく移り変わるいま、時代に左右されない「モノが売れる原理」が必要とされている。そんなマーケティングの「そもそも論」を徹底的に掘り下げたのが、博報堂やボストン コンサルティング グループで活躍してきた津田久資氏による最新刊『新マーケティング原論』だ。
「マーケティングを科学する第一歩」(冨山和彦氏)、「これこそ『クリティカルに考える』ということ」(デービッド・アトキンソン氏)など各氏の称賛を集める同書では、4Pや3C、ブルーオーシャン戦略や破壊的イノベーション戦略など、おなじみのツールや理論が「そもそもなぜ有効なのか?」という部分も含めて、きわめてわかりやすく解説されている。まさに「考えるマーケター」のための教科書だ。
本稿では、同書より一部を抜粋・編集し、「マーケティング費用に関するよくある誤解」をご紹介する。
「マーケティング費用」とはなんだろうか?
前回の記事ではマーケティングの目標が「粗利の最大化」であることを確認しました。まずはもう一度、筆者が考える本書なりの「マーケティングの定義」を見ておきましょう。
マーケティングは「粗利を最大化する総合活動」ですが、この定義を見ていただければわかるとおり、マーケターには「一定の費用の下で粗利を最大化する」ことが求められます。今回はこれがどういうことなのかについて、もう少し掘り下げてみましょう。
まず、結論から言えば、ここで言う「一定の費用」というのは、「固定直接原価」と「販売費」のことを指しています。企業の経常利益を最大化するうえでは「『固定直接原価+販売費+一般管理費』を減らす」という方法が考えられます。しかし、これらの費用総額そのものをコントロールすることは、マーケターの領分にはありません。あくまでも与えられた額のなかで、その使いみちを考えるのがマーケティング部門の仕事なのです。
さらに、この3つの費用のうち、「売り込む」という行為の結果を左右するのは、固定直接原価と販売費です。「固定直接原価」+「販売費」が、いわゆるマーケティング費用だということになります。
もちろん、使い方しだいでは、一般管理費がマーケティング的な仕事に関係してくるケースも、まったく想定できないわけではありません。たとえば「人事部に対する投資を行って営業マンの評価システムを刷新し、そうすることで営業マンのモチベーションを高めて売上アップにつなげる」というような施策です。しかし、それらはかなりかぎられたケースだと思いますので、ここでは「マーケティング費用=固定直接原価+販売費」と理解しておけばいいでしょう。
マーケターの仕事で「ない」もの
用意された一定の費用の範囲内で、その最善の使い方を考え、粗利を最大化することを目指す──これがマーケターの仕事ということになります。
たとえば、どんな媒体を選択して、どんな中身の広告を打つのかを決めるのはマーケティングの範疇ですが、使える広告費の予算総額を決めるのはマーケティングではありません。どんな営業マンを採用し、どう配置するのかを決めるのは重要な業務ですが、営業マンの総人件費予算はすでに決まっています。
だとすると、その「マーケティング費用の総額」を決定するのはだれの仕事なのか──?
結論から言うと、それは1つ上のレイヤー(層)の活動です。一マーケターの仕事は、あくまでもその上部レイヤーから割り振られた費用の範囲内で実行されます。
つまり、本来的な意味で言えば、マーケティング費用の決定そのものは、マーケターの仕事ではありません。ここは混乱が起きやすいところですので、ちょっと例を使って説明しておきましょう。
まず、あるメーカー組織に、すべての製品を統括しているマーケティング部長がいるとしましょう。その下には、製品群Aを担当する課長、製品群Bを担当する課長、製品群Cを担当する課長の3人が配置されています。さらにそれぞれの課長の下には、現場のマーケティング部員が複数人います。製品群Aを扱う課長の下には、A1を担当する部員、A2を担当する部員……という具合です。
さて、いま問題になっているのは、マーケティング費用でした。部長はA・B・Cの製品群にそれぞれどれくらいの費用を使っていいのかを決定して各課長に伝達します。すると今度は課長が、担当製品群の各商品について、マーケティング費用を割り振っていきます。部員たちはこうして割り振られた総費用の範囲内で、どの媒体にいくらの広告費を割くかとか、CM制作にいくら使うかなどを決めていくわけです。
ここで注意してほしいのは、マーケティング部長もこれらの費用が全体でいくらになるかを自分で決定しているわけではないということです。自社製品のマーケティング費用総額を決定するのは、経営者の役割です。マーケティング部長もまた、与えられた「一定の費用の下で」粗利を最大化できるような使い方を考えているのです。