トレンドが激しく移り変わるいま、時代に左右されない「モノが売れる原理」が必要とされている。そんなマーケティングの「そもそも論」を徹底的に掘り下げたのが、博報堂やボストン コンサルティング グループで活躍してきた津田久資氏による最新刊『新マーケティング原論』だ。
「マーケティングを科学する第一歩」(冨山和彦氏)、「これこそ『クリティカルに考える』ということ」(デービッド・アトキンソン氏)など各氏の称賛を集める同書では、4Pや3C、ブルーオーシャン戦略や破壊的イノベーション戦略など、おなじみのツールや理論が「そもそもなぜ有効なのか?」という部分も含めて、きわめてわかりやすく解説されている。まさに「考えるマーケター」のための教科書だ。
本稿では、同書より一部を抜粋・編集し、「アイデアを広げるためには枠組みにとらわれないことが大事」という誤解について解説していく。(初出:2023年6月7日)

凡人ほど「自由に」考えたがり、優秀な人ほど「枠組み」がはっきりしている理由【書籍オンライン編集部セレクション】Photo: Adobe Stock

フレームワークの存在意義──考えモレを防ぐチェックリスト

 マーケターに求められるのは、できるだけたくさんの行動案を出し(①発散)、それに優先順位をつけて最適な行動を選んでいくこと(②収束)でしす。多くの人がこの発散のフェーズで課題にぶつかります。

 では、天才ではない「ふつうの人」がマーケティングを成功させるには、どうすればいいのでしょうか? どうすれば、うまくアイデアを発散させられるのでしょうか?

 じつはここで助けになるのが、いわゆるフレームワークなのです。

「どういうこと?」と思った人もいるでしょうか。

「フレームワークって『枠組み』のことでしょ?『できるだけ広く考えること=発散』が大事って言っているのに、わざわざ『枠組み』を持ち出したりしたら、よけいに発想が狭まってしまうのでは?」

 よく聞かれる質問ですが、そんなことはありません。たしかに「枠組みがあったほうが、より広く考えられる」のです。ここではいわゆる「マーケティングの4P」を例にして、ごくごくかんたんに説明しておきましょう。

 まずは次のケースに目を通してください。わかりやすさのために、かなり極端な例にしていますが、あしからず。

【ケースA】
 ある消費財メーカーの売上が落ちてきたため、新たなマーケティング施策を行うことになりました。

 開発部門の人たちは「トレンドが変わったんだ。商品デザインをリニューアルしよう(Product)」と言いはじめました。一方、セールス部門からは「店頭での陳列状況を改善したほうがいいのでは?(Place)」、宣伝部門からは「商品の認知度が十分ではないのでは?(Promotion)」という声がそれぞれ上がりました。

 社内で検討した結果、やはり商品のリニューアルをすべきだということになり、相当のお金をかけて新たな商品が開発されました。

 ところが、結果は惨敗……。そのメーカーの売上は、一向に伸びませんでした。あとになってわかったことですが、商品が売れなくなった原因は、競合商品が値下げを仕掛けてきたことにあったのです(Price)。

凡人の発想には必ず「見落とし」が存在する

 さて、このメーカーの敗因が、発散の失敗にあることを読み取れたでしょうか。行動案が「価格戦略」にまで広がっていかなかったため、収束のフェーズでも最適な行動がとれていないのです。

 天才ではないふつうの人は広く考えたつもりでも、どうしても考えモレが出てしまいます。とくに、自分が抱える仕事の視点にとらわれ、その範疇内でどう行動しようかと考えてしまいがちです。

 では、こういう見落としを防ぐためには、なにが必要なのでしょうか?

 よく「既存の枠組みを捨てて、柔軟に発想しましょう」みたいなことを言う人がいますが、これはまず実行不可能です。枠組みが見えていないまま考えたからこそ、さきほどの消費材メーカーは発想を広げられなかったのです。枠組みが見えてないのだから、それを捨てようがないわけです。

 発散力が異常に高い天才でもないかぎり、凡人が丸腰で思考を広げようとすると、必ずこういう失敗が起きます。

 これを防いでくれるのがフレームワークです。たとえば、彼らが4Pというフレームワークを参照していれば、どうだったでしょう?

凡人ほど「自由に」考えたがり、優秀な人ほど「枠組み」がはっきりしている理由【書籍オンライン編集部セレクション】

 各部署から商品(Product)、流通(Place)、販売促進(Promotion)についての施策が上がってきたとき、このフレームワークがあれば、自分たちの発想が「価格(Price)」にまで広がっていないことに気づけたはずなのです。