業態転換よりも市場からの退出を求める海外投資家

 会社を潰さず、雇用を守るために、日本企業の経営者が取ってきた企業戦略が、多角化であり事業ポートフォリオ戦略です。すなわち、異なるリスクプロファイルと収益構造を持つ複数の事業を持つことで、会社全体を安定させようとしてきました。

 また、主力事業が苦しくなると、その事業が持つ基礎技術や顧客基盤を用いて、会社と終身雇用を守りながら、業態転換を図ってきました。経営論的に言えば、いったん会社を清算して新たに起業することが合理的な場合も含めて、日本の企業経営者は何とか会社全体を存続させようとしてきました。そのベースには、「会社は、社会の『公器』であり、存続していること自体に意味がある」という考え方がありました。こうした考え方を仮に「日本型資本主義」と呼ぶことにしましょう。

 これに対して、欧米の企業経営者や投資家は異論を唱えます。

 複数の事業を持つのは好ましくない。企業のなかでポートフォリオを組んでもらう必要はない。それは、私たちファンドマネージャーの仕事だ。君たちは、事業構成をなるべくシンプルにして、1つか2つの事業に集中して、成長を目指してもらいたい。寿命が尽きたビジネスは諦めて、それが主力事業ならいったん会社をたたむべきだ。会社を永続させながら、業態転換するなんていう難しいことをやる必要はない。

 彼らが念頭に置いている「株式会社」や「資本主義」のあり方は、日本の経営者の平均的な考えと大きく異なるのです。

 私がそれを痛感した投資家との対話があります。それは、富士フイルムを巡るやり取りでした。

 写真フイルムで高収益を上げていた米国のイーストマン・コダック(以下コダック)が、デジタルカメラという革新的な技術に敗れ去り、かたや富士フイルムは市場がほぼ消滅するという危機を乗り越え、複写機などのOA機器や医療用画像機器、医薬品、化粧品、健康食品や高機能化学品などに主力商品を転換させることで、高収益企業として見事に生き残ったという有名な事例があります。

 コダックは世界で初めてカラーフイルムを発売したメーカーで、1963年頃にはすでに4000億円を売り上げ、270億円ほどの富士フイルムとは10倍以上の開きがありました。コダックは写真フイルムの製造に必要な銀とゼラチンを確保するために、銀山や牧場を自前で保有していたという話もあります。

 しかしそのコダックは、2012年、経営破綻したのです。一方の富士フイルムは売上2兆8590億円、当期純利益2194億円(2023年3月期)の優良企業として生き残っています。

 私が面談した米国の有名投資家は、「富士フイルムが成し遂げたことは素晴らしい」と前置きしたうえで、「しかしコダックの経営者も間違ってはいなかった」と語ったのです。

 倒産させておいて何を? という私の疑問の表情に気づいたかのように、そのファンドマネージャーは続けました。「コダックの経営者は、最後まで配当と自社株取得で、過去に蓄積した利益を投資家に返し続けた。ひとつのビジネスが廃れるとき、累積資本は自社株取得などで投資家になるべく早く還元すべきだ。その資金で投資家が次世代のビジネスを作る別のベンチャー企業に投資する。投資家が投資先を選ぶのであって、企業が成功するかもわからない新規事業に乗り出してコングロマリット化することは非効率だ

 業態転換に成功した富士フイルムは例外であって、多くの場合、主力事業が衰退する企業は早く見切りをつけて、経済資本(現預金)や人的資本(技術者や従業員)を市場に解放したほうがよい。資本や有能な人材を欲しているベンチャー企業が米国にはたくさんあるのだから、というわけです。

 これが欧米流の企業のあり方であり、彼らが考える「普通の資本主義」です。キーワード的に言えば、企業の優勝劣敗は必然であり、新陳代謝は経済に効率性をもたらす、そして、新たな成長は市場と投資家が主導する、という理屈です。

 当然、社会や従業員には一定程度の混乱が生じますが、それも長い目で見れば、経済の成長と新産業の勃興で吸収できる、という将来に対する楽観的見方がベースにあります。

*1 「日本経済2020−2021」内閣府ウェブサイト、2021年3月
https://www5.cao.go.jp/keizai3/2020/0331nk/index.html

※この記事は、書籍『CFO思考』の一部を抜粋・編集して公開しています。