二人称で描かれた「君」の物語

阿部 まさに今回、二人称で書くというのが、すごく大きなチャレンジでした。編集者の方との話し合いで、1人称の「僕」だと、どうしても自分語りの色が濃いなと。本のタイトルと合わせて、「君」という二人称にすることで感じ方が変わるんじゃないかと書いていったんです。なかなか難しくて、書いては消しの繰り返しでしたね。

田中 「君は」って言われることによって、読んだ人は「あ、自分の話でもあるんだな、自分のこと言われてるんだな」って思うんだけど、体験してること自体は阿部さんの話じゃないですか、それをどこまで重ね合わせることができるか。具体的なことは阿部さんのすごく私的な体験に違いないんだけど、普遍的なことが抽出されてないと、二人称は失敗する。でも、僕それで読み進んで、なんかもう場面場面で、「あー、なんかこれ俺の話やな」とか、「やっぱり似たことあるわ」と思ったところがいっぱいあったので、「あ、これ自分に書かれたもんじゃないかな?」と、みんなが思えるところがあるんじゃないかなと思うんです。

「お前は10年早い」「君は向いてない」と先輩から言われても出来るたった1つのこと田中泰延(たなか・ひろのぶ)
24年間電通でコピーライター・CMプランナーとして活動。2016年に退職、「青年失業家」と自称しフリーランスとしてインターネット上で執筆活動を開始。映画・文学・音楽・美術・写真・就職など硬軟幅広いテーマの文章で読者の熱狂的な支持を得る。2020年、出版社「ひろのぶと株式会社」を設立。著書に『読みたいことを、書けばいい。』『会って、話すこと。』(共にダイヤモンド社)がある。

阿部 自分のことじゃないのに「君」と言われると、最初は異物感があるはずだと思うんですよね。文章を読んでいる時に、ベンチの隣にいていいような信頼関係をどう育てていくか。異物感が少しずつなくなり、読み手の人と握手するためには、どうすればいいのか。ずっと考えていました。

田中 めっちゃ気を遣うよね。「君は」って言っている以上、固有名詞を排除していかないといけない。大学名とか企業名を入れちゃったら、「いやこれ阿部さんの物語やん」てなる。もしこれが「オレ語り」になったら、割とね、「いけ好かない話」なの。慶応を出て、電通に入った男の話ですよ。ちょっと腹立つでしょ?(笑)。

阿部 それは避けたいです(笑)。

田中 俺だってね、釣り書きだけを見たら、早稲田出て、電通入って、辞めて調子こいてるやつの話になる。阿部さんの本だって、「なんかすごい、ええところの悩みじゃない?」って言う人もいるじゃないですか。

阿部 ありました。僕の本のプロフィール部分をアップして、「悲報。著者が選ばれている件」みたいな。そういうことじゃないんだけどなぁ、と思いながら。本に書いたのは、誰しにもきっとある挫折を描いているんですけどね。

田中 人間、それぞれ自分のポジションで選ばれる、選ばれないがあるわけだから、そこにいる自分が選ばれないことが悔しいんであって。例えば僕だって、ファストフード店でバイトしてた時は、ポテト係に選ばれないことが悔しいんだよ。「なんで俺に揚げさせてくれないんだ、俺には揚げる技術が足りないというのか!」って思う。

阿部 その時の環境に左右されますよね。

田中 ところが今の僕は、何々社がベンチャーキャピタルから3億円調達したって聞いて悔しい。そんなこと、全然夢にも思わなかった悔しさなの。

阿部 僕はスタートアップ企業が、「なんとかキャピタルから何億円資金調達した」というニュースを見ても、「そうなんだ」としか思わないんですけど、ひろのぶさんからすると、かなり身近なニュースという感じですよね。

田中 3年前は誰が何億円調達しようが、俺には何の関係もなかったじゃない。ところが、今は、くっそ~って思うわけ。「俺は選ばれないんだ」と思うから。その時、その時のステージで選ばれる、選ばれないに直面するっていうね。

「お前は10年早い」「君は向いてない」と先輩から言われても出来るたった1つのこと阿部広太郎(あべ・こうたろう)
1986年3月7日生まれ。埼玉県出身。中学3年生からアメリカンフットボールをはじめ、高校・大学と計8年間続ける。2008年、慶應義塾大学経済学部を卒業し、電通入社。人事局に配属されるもクリエイティブ試験を突破し、入社2年目からコピーライターとして活動を開始。「今でしょ!」が話題になった東進ハイスクールのCM「生徒への檄文」篇の制作に携わる。作詞家として「向井太一」「円神-エンジン-」「さくらしめじ」に詞を提供。Superflyデビュー15周年記念ライブ“Get Back!!”の構成作家を務める。2015年から、連続講座「企画でメシを食っていく」を主宰。オンライン生放送学習コミュニティ「Schoo」では、2020年の「ベスト先生TOP5」にランクイン。「宣伝会議賞」中高生部門 審査員長。ベネッセコーポレーション「未来の学びデザイン 300人委員会」メンバー。「企画する人を世の中に増やしたい」という思いのもと、学びの場づくりに情熱を注ぐ。著書に『待っていても、はじまらない。ー潔く前に進め』(弘文堂)、『コピーライターじゃなくても知っておきたい 心をつかむ超言葉術』『あの日、選ばれなかった君へ 新しい自分に生まれ変わるための7枚のメモ』(ダイヤモンド社)、『それ、勝手な決めつけかもよ? だれかの正解にしばられない「解釈」の練習』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

阿部 今回の本は、10代の頃の部活や受験、20代の頃の就職活動、それ以降の仕事に取り組むライフステージで、おそらく多くの方が通り過ぎてきているところを描いていて、すごく個人的な経験を書いてはいるんですけど、「ああいうことあったな」「わかるな」みたいに、最大公約数的に感じてもらいたいと思っていました。

田中 この『あの日、選ばれなかった君へ』が、文芸として素敵だなと思ったのは、電池を繋げる話。この小説の二人称の主人公である「君」が選ばれたことで、人と人とが電気の回路のように繋がっていくんだと。その表現が、小説としてすごく良かった。これ、37ページに書いてあります。

阿部 企画書を作るのも僕の仕事で、そんな自分の原点はどこにあるのかなと思ったら、中学の時に、理科の授業のレポートを書いて、先生に褒められて、クラスメイトからも「どんなのだったの?」と聞かれて、それが人間関係に光が灯っていくみたいで。この本の最初から最後まですごく個人的な話ではあるものの、自分ごと化してもらうために、最後の最後まで伝え方を粘りました。

田中 阿部さんってさ、本を読んでると、毎回いろんな人に「お前、それ向いてないからやめた方がいい」って言われるの! アメフトでキャプテンなりたいって言ったら、「阿部に腹を割って話せるか?」とか、会社では「お前はクリエーティブ向いてない」とか、毎回言われるのね。

阿部 「君は向いてないかも」と言われても摩擦を恐れずにここまで来ましたね(笑)。

田中 でも、皆さんそうだと思うけど、いろんな局面で「僕、これやりたいんです」って言ったら、絶対に誰かは、「いや、お前はそれ向いてないと思う」って言いますよね。

阿部 言っている方は絶対に確信なんかないと思うんです。ジェラシー、つまり嫉妬が原因なこともあると思うので、あんまりそれを正面から受け止めすぎない方がいいんじゃないかなと思いますね。

田中 うん、俺も毎回言われるもん。今だと「経営者向いてない」とか。

阿部 ひろのぶさんが「ひろのぶ株式会社」を立ち上げる時に、多くの投資家の方から、かなりの金額を集めたり、FUNDINNOというところで数十分間で何千万の出資を受けたりというストーリーを見ていると、こんなにも求心力のある経営者の方いないですよ。

田中 「あなたは向いてないとおっしゃるかもしれないけれども、何年か後に向いていたこと証明しますよ」って、ちょっと思うじゃない。それが大事だよね。