「お前は10年早い」と先輩から言われて…
阿部 人に否定されても、ただやるんです。成し遂げて、証明して見せる。そんな気持ちでやってきたというのはありますね。僕、ひろのぶさんに会社員の時の話を伺いたくて。広告制作の仕事をはじめた駆け出しの頃に、自分と周りを比較したりしたんですか?
田中 毎日ですよね。まず、僕らクリエーティブ局に配属されると、「広告賞を獲れよ」って言われる。トライするじゃない。で、落ちるじゃない。でも、同期で賞獲ったりするやつがいるじゃない。「あ、これは向いてない」といきなり思う。あと、僕が会社ですごくショックを受けたのは、デキる人のグループっているんです。スクールカーストじゃないけど、会社にもあるんです。広告制作でスターと言われる人たちがいて、デキる人同士は「お前ら飲みに行こうぜ」と言ってて、「僕もいいですか?」って聞いたら、「お前は10年早い」って。これはキツいよね。
阿部 キツいですねぇ。
田中 でもね、それは良かったことだと思ってるのよ。7年目くらいでなにかの広告賞を獲った時に、その先輩に、「おい、田中。飲みに行くぞ」って言われた時には、「10年を7年にしてやったぜ」と思ったもん。
阿部 3年、短縮しましたね。10年早いと言われても、ひろのぶさんは自分なりにできることを積み上げていかれたということですよね。やるしかない、と。
田中 24年間勤めたけど、やっぱりそんなに得意ではなかった。最後まで挫折感があるんだよね。
阿部 僕からすると、ひろのぶさんが20数年間、ずっと広告クリエーティブの仕事と向き合い続けたことって、まさに鉄人というか。なので、挫折感があったっていうのがちょっとびっくりです。
田中 あるある。向いてない話の究極として、なぜか24年間ずっとクリエーティブ局で制作をやってたんだけど、ずっと僕の上司だった、えーっと名前は言わないけど、中治信博さんという人は、新入社員の時からずっと僕のこと「ヒロくん」呼ばわりなんですよ。40過ぎても、やっぱり子ども扱いなのね。辞める直前、46歳の時点まで、「うーん、ヒロくんは広告向いてないと思うで」ってずっと言われ続けたから。
阿部 向いてないけど、できていたというか。ひろのぶさんは、ずっと広告を作られてきたじゃないですか、それはすごいですよね。「向いてない」と言われるけど、できている。
田中 うーん。でも、自分では納得いってないもんね。「電通で広告制作、コピーライターを24年やってました」って言ったら、「代表作って何?」「みんなが知ってる広告だと何?」って今でも聞かれる。そう聞かれたら、「いやー。そんなこと言われましても」みたいに思うもんね。いまだに挫折体験ですよ。24年間まとめて挫折体験。阿部さんは、この本でも書かれているように、まずは人事局に配属されたんですよね?
阿部 そうです。会社の中でも、メディアと向き合う媒体の仕事があって、新聞局やテレビ局という部署があるんです。僕はそこの部署を第1希望、第2希望で書いていて、その部署を経験してから、人と人との間に立ってプロジェクトを進めていく営業の部署に行きたいと先輩社員に話していてたんです。第3希望で書くところもないなということで、配属されなさそうな、「人事局」とそっと書いて、そしたら選ばれてしまって。
田中 会社も人をよく見てて、阿部さん真面目そうだからっていうね、それはわかる。僕でも人事に入れそうな気がする(笑)。
阿部 でもその後、「あっち側に行きたい!」と強く思って、テスト勉強をして、コピーライターの転局試験に合格することができたんです。でも、なかなかうまくいかず、選ばれたいって思い続けていました。やることはたった1つ、ひたすら書き続ける。そしてフィードバックをもらって、書き直す。エネルギーをもらうように、良いと言われる詩集や短歌集や雑誌を買い込んで、時間を見つけて読み漁ってました。この繰り返しで自分なりの突破口をなんとか見つけるぞ、と奮起していました。選ばれないというのは過去の評価でしかないけど、これからどうなるかの可能性は未知数だと信じ込むようにしていますね。
田中 今日まで選ばれなかった自分が、今夜やる頑張りで、明日選ばれる自分になれる可能性が絶対毎晩あるわけだから。私、作家の田辺聖子先生の家に、2年半くらい何の用事もないけど、酒を持って行ってたんですよ。別に何かを書きたいからとか、作家の弟子入りとかじゃなくて。ただ「酒を持って来い」って言われたから、ええ酒を持って行って、スヌーピーのプレゼントを渡して、いろんな話聞いていたんです。その時に聖子先生がおっしゃったのが「人生なんか、書いたらある日パッと変わるねん」。それはすごいなと思って。つまり、どこかの夜に集中して書いたことを出した瞬間、どどどっと運命が変わるかもしれない。
阿部 まさに。これまではそういう評価だったかもしれない。でも、今日の夜に書けば、明日には変わるかもしれないというのはずっと思っていて。諦めそうになっている人の相談を受けた時に、「自分の納得できるところまではやってみた方がいいんじゃないか」「やりたいことがあるんだったら、小さくても形にした方がいいんじゃないか」というのは必ず伝えるようにしています。パッと変わるかもしれないから。(中編に続く)