企業のミッションというのは、ゼロから作り出すものでも、点から降ってくるひらめきの類でもない。すでに存在し、組織に深く根ざしている。それを、いかに発見し、切り出せばよいのか?到達する「旅」のプロセスについて、グループ経営戦略書の決定版『全社戦略 グループ経営の理論と実践』(ウルリッヒ・ピドゥン著、松田千恵子訳・解説)から一部をご紹介する。

【企業のミッション】原点や価値観を見いだす「旅」のプロセスとは?ミッションを探す旅 Photo: Adobe Stock

企業のミッションとビジョン

ビジネスの世界において、「ビジョン」と「ミッション」は、ひどく混同されている。この2つの用語が同義語として扱われることすらある。

多くの経営者は、ビジョンとミッションなどなくても済むとは言わないまでも、実体のない漠然とした概念だと考えている。彼らは、企業にはもちろんビジョンとミッションが必要ではあるが、これらが役に立つのは社内外のコミュニケーションやマーケティングにおいてであり、事業には重大な影響は及ぼさないと考えている。しかし、企業のミッションとビジョンは、正しく利用しさえすれば、全社戦略の強力な道具になりうることを以下で示したい。

まず、ミッションとビジョンの定義をはっきりさせておく必要がある。私は、企業のミッションを「企業のパーパス(存在意義)」であると定義する。ミッションは、以下の質問に対する答えである。我々は何者(Who)か。なぜ(Why)存在するのか。すなわち、ミッションは全社戦略における動機と範囲を示す。

対照的に、企業のビジョンが示すのは将来目指すべき姿である。ビジョンは、以下の質問に対する答えである。我々はどこに(Where)向かいたいのか。5年後、あるいは10年後にはどこにいたいのか。すなわちビジョンとは、大まかな方向を定め、全社戦略策定において我々を導く星としての役目を果たすものである。これらの定義からすれば、企業はビジョンに取り組む前に、まずミッションを明確にしなければならない。

明確な企業ミッションの重要性

ミッションは企業が「なぜ」存在するのかに対する答えであることから、おのずから全社戦略の策定における出発点になる。明確なミッション・ステートメントはさまざまな点で有用である。

第一に、企業の事業範囲と優先順位を整合させることに役立つ。ミッション・ステートメントがあれば、何千人もの従業員が何百万もの個別の細かい意思決定を行っても、その方向を合わせることができる。第二に、ミッション・ステートメントは経営者にとって羅針盤の役目を果たす。困難な状況や重大な決定局面において、特に相反する目標間のトレードオフが関わる場合、ミッションに立ち戻ることで、何が自社にとって真に重要なのかを再確認することができる。

そして最後に、力強いミッションはすべてのステークホルダーに活力と動機づけをもたらす。従業員に対しては、毎朝起きて仕事に向かうべき理由、顧客に対しては、製品やサービスを購入するべき理由、そして投資家に対しては、資金を提供すべき理由を語ってくれる。

企業の強力なパーパスは、優れた業績と結びついていることを示す証拠がある。2016年に行われた、429社の50万人を対象とした研究(Gartenberg et al. 2016)では、中間管理職が明確で強力な目的意識を持つと、業績と資本市場におけるパフォーマンス指標の両方にプラスの影響があることがわかった。

(中略)

ミッションを策定する方法

では、企業のミッションをどのように策定するか。ここで重要なのは、ミッションはゼロから作り出すものではなく、また天から降ってきたようなひらめきの類でもないということだ。ミッションはすでに存在し、組織に深く根ざしているものであり、発見され切り出される必要があるものと考えるのがよいだろう。そこに到達するのにさまざまな方法がある。

ある企業のCEOや創業者一族だけが有する素晴らしいミッション・ステートメントを目にしたことがある。彼らはその組織やステークホルダーにとっての指針となる力強いステートメントにおいて、企業のパーパスについての深い信念を簡潔にまとめている。また、一連のワークショップを開催することにより、企業のシニアリーダーシップ・チームがミッション・ステートメントを策定することもある。組織の大部分を巻き込むボトムアップ手法により、数ヵ月かけてミッションを策定した会社もある。

優れたミッション策定プロセスにはいくつかの特徴がある。第一に、トップダウンとボトムアップの両方のプロセスがなければならない。ミッションの策定には、策定プロセスを承認し、全面的にパーパスにコミットするシニアリーダーが関与しなければならない。一方で、さまざまな視点からインプットを得るために、より広範に従業員を関与させるべきである。

第二に、優れたプロセスの設計は、組織の原点を深く掘り下げるものであり、それがどこから来たのか、何が皆を動かすのかを理解できるものでなくてはならない。

第三に、プロセスの設計は、策定したミッション・ステートメントについて、関係者が当事者意識を得られるよう行われるべきだ。例えば、企業の主なオピニオンリーダーは早い段階からプロセスに携わるべきであり、ミッション策定に不可欠である。また、ミッション・ステートメントの伝え方について注意深く計画し、十分な時間と資源をもって実施するべきである。

以上で見てきた通り、企業のミッションを見出すことは1つの「旅」であり、役員会が行う1日ワークショップで完成させたり、全社戦略の専門家やコンサルタントに任せるようなものではない。

企業の原点や価値観に立ち返る

ミッション策定で重要な要素は、企業の原点を明らかにすることである。このためには、企業の歴史を振り返り、アイデンティティ、価値観、文化の源を理解することが求められる。例えば、全社における事業ポートフォリオの歴史的変遷を検証し、企業のイノベーションや買収の歴史などを含めた、主要な戦略上の意思決定やマイルストーンを改めて振り返ることは役に立つ。アナリスト・レポート、報道内容、ブランド調査、第三者によるイメージ調査、顧客調査など外部の情報源を利用して、企業が外部の世界からどのように認識されているかを理解することも有用だ。

内部情報によって外部の見解を補足することもできる。内部情報には、長期間にわたる従業員のスキル活用状況、従業員満足度調査、特許の取得状況などが含まれる。これらの分析は、企業特有のアイデンティティの全体像を表すのに役立つ。このアイデンティティは企業の固有のミッションを明らかにすることにつながる。

企業の価値観は、企業のミッションを見出すためのもう1つの重要な情報源である。深く根ざした価値観は、企業の過去の経験や成功そして失敗を反映している。一定規模に達した企業の多くには、正式なバリュー・ステートメントがあるが、その妥当性は企業によって大きな差がある。バリュー・ステートメントは、それがありきたりで、日常業務の意思決定における課題やトレードオフとの関連性がない場合、何の役にも立たない。しかし、妥当性があり実行可能で、フィードバックシステムや従業員の人事評価にも反映される場合は、動機づけや競争優位の重要な源となりうる(ザッポスの事例参照)。

事例:ザッポスの10のコアバリュー

 靴や衣料品のオンライン小売業者ザッポスは1999年に設立され、2009年にアマゾンによって買収された会社である。同社の経営者は、強固な文化と崇高なパーパスがある会社は、長期的により高い業績を上げられる、と確信している。同社は、次に紹介する10のコアバリューに基づく独自の文化を確立している。それは単なる言葉ではなく、生き方そのものだ。

「ザッポスの10のコアバリュー」
 ・サービスを通じて驚きを届ける。
 ・変化を受け入れ、変化を起こす。
 ・ちょっと変わった面白いものを作る。
 ・冒険心、創造力、そして広い心を持つ。
 ・成長と学習を追求する。
 ・コミュニケーションにより、オープンで誠実な人間関係を築く。
 ・前向きなチームスピリットとファミリースピリットを築く。
 ・より少ない資源でより多くの成果を上げる。
 ・情熱と決意を持つ。
 ・謙虚でいる。

企業の制度とプロセスはすべてこれらのバリューを反映し、補強するものとなっている。例えば、ザッポスは採用上の意思決定において、候補者が社風に合うかどうかについて非常に慎重に見極めている。面接官は、候補者がザッポスの10のコアバリュー1つ1つに適合するかを試すために、事前に決めた一連の行動に関する質問シートを使ってこれを行っている。

また入社後には、研修チームがそれぞれのコアバリューを使った研修を行い、どの従業員も同じメッセージを聞き、こうした価値観のもとで期待されている毎日の職場での行動とはどんなものかを学ぶ。新入社員は最初の1週間を会社のコールセンターで勤務し、顧客のニーズへの対応方法を習得する。これは繁忙期への備えでもある。

ザッポスでは繁忙期に臨時従業員を採用せず、各従業員にコールセンターで週10時間の電話応対をさせている。新入社員はコールセンターでの勤務期間を終えた後、3000米ドルの「退職金」を提示される。新入社員がその時までにザッポスの身内になったと感じず、また価値観や文化を実践することを誓約できなければ、同社は彼らに退職を促すのである。同社は、誰もが魅力的に感じる会社ではないかもしれないが、ザッポスの企業文化に適合した人たちは同社での仕事を満喫している。
(出所:https://www.zappos.com/about/purpose [2018年11月25日時点])