ポートフォリオという概念は、どのように進歩してきたのか。ポートフォリオ理論を全社戦略に適用した、BCGの成長・シェア・マトリクスなどのフレームワークを含めて、グループ経営戦略書の決定版『全社戦略』から一部をご紹介する。

【学び直し】ポートフォリオ概念の歴史とは?Photo:Adobe Stock

ポートフォリオという概念の起源は、1990年に金融ポートフォリオ理論への草分けとしての貢献についてノーベル経済学賞を受賞したハリー・マーコウィッツに遡る。

マーコウィッツは1952年に発表した先駆的な論文の中で、さまざまな金融資産の組み合わせにおけるリスク・リターン特性を分析し、リスクとリターンのトレードオフが最適化する組み合わせがあることを実証した。いわゆる効率的なポートフォリオは、特定のリスクに対する期待収益を最大化し、特定の期待収益に対するリスクを最小化する。金融ポートフォリオ理論における仮定を厳密に全社ポートフォリオに適用するのはそう簡単なことではないが、そのロジックを移植することは可能である。

「優れたポートフォリオは、単に優良株や優良債券を連ねればよいというものではない。全体としてバランスのとれたポートフォリオは、あらゆる不測の事態から投資家を保護し、チャンスをもたらしてくれる。だからこそ、投資家は自分のニーズに適した統合的なポートフォリオを構築する必要があるのだ」(Markowitz 1959, p. 3)。

1970年、ボストン コンサルティング グループ(BCG)のブルース・D・ヘンダーソンは、ポートフォリオ理論を全社戦略に適用し、成長・シェア・マトリクスを提示した(Henderson 1970)。このマトリクスは、企業が市場成長率と相対的市場シェアという2つの要素に基づいて経営方法を決定できるよう設計された(図表4.1)。一般的なテキストでの定義とは異なり、成長・シェア・マトリクスにおいてこの2つの要素は、市場の魅力度や市場における競争力を測るものではなく、事業の現金創出力や現金需要を反映するものとして意図されている。経験曲線の概念によれば、相対的市場シェアの高さは現金創出力の高さを示し、市場成長率の高さは投資需要の高さを示す。

結果として生じるマトリクスの4つの象限は、事業における4つの戦略的課題を示唆する。例えば、成長率が低く市場シェアの高い事業は現金創出力が高く、投資需要が限定的であるため「金のなる木(Cash cows)」として扱うべきである。成長率が高く、市場シェアも高いポートフォリオの「花形(Star)」は、将来性が高く、いつの日か「金のなる木」になる可能性を秘めている。このため、企業は「金のなる木」で創出した資金を花形の成長に投じるべきである。成長率は高いが、相対的市場シェアが低い「問題児(Question marks)」は、ポートフォリオにおける現金流出の要因である。これらの事業は将来的に「花形」となる可能性の有無によって、投資を行うか切り捨てるかを決める必要がある。市場シェアも成長率も低い事業はポートフォリオにおける「負け犬(Dogs)」である。これらの事業は、現金創出力を高めるために再構築するか、でなければ売却あるいは清算する必要がある。

BCG成長・シェア・マトリクスは、多角化企業のポートフォリオ・マネジメントにおいて、成熟事業と新規事業の間で将来の成長を確保する適切なバランスを見出すために有用なツールであると考えられた。BCG成長・シェア・マトリクスは、全社ポートフォリオにおいて戦略上の優先事項や財務目標が異なる事業について、それぞれの役割を定義した。このロジックは今日でも通用する。

一方で、BCG成長・シェア・マトリクスの登場以降も、事業環境は変化し続けている。外部資本市場の効率性がさらに向上したことで、全社ポートフォリオにおいて現金創出と現金需要のバランスを取ることはそれほど必須ではなくなってきた。さらに重要なのは、今日、多くの業種で企業規模と経験曲線効果の関連性が薄れ、市場シェアに基づく収益性や現金創出の予測が困難になってきたことだ。その結果、BCG成長・シェア・マトリクスが本来の形のまま利用されることは稀になった。

1970年のBCG成長・シェア・マトリクスの華々しい登場以降、ほかのコンサルティング会社も独自のポートフォリオ分析手法を次々に発表した(Nippa et al. 2011)。マッキンゼー・アンド・カンパニーはGEからの命を受け、GE・マッキンゼー「ナイン・ブロック」マトリクスを開発した。このマトリクスでは、それぞれ十数項目の評価基準を用いて業界の魅力度と業界内における自社の競争力を評価する。一方、アーサー・D・リトルは、事業の競争力を特定の業界の成熟段階に対してプロットする事業プロファイル・マトリクスを提案した。

黎明期に登場したこれらポートフォリオの概念が企業に広く受け入れられたのは、1960年代に起きた経済環境の変化により生じたニーズに対応していたからである。資金の余剰や伝統的市場の飽和により企業の新規事業投資が拡大したことで、多角化企業の経営陣はこれまで以上に広範に、時には関連性のない一連の事業を運営するという難題に直面した。大企業のリーダーが各事業部門の戦略課題のすべてに精通することなど到底無理な話で、結果として戦略目標や財務目標を一様に適用し、誤った資源配分を行うというリスクを冒してしまう。

これに対し、ポートフォリオの概念は、企業の経営者に個々の事業部門の戦略課題を見抜く洞察力を与え、彼らがそれに応じて各事業への注力度を決定し、資源配分における選択能力を向上させるのに一役買ったのである。1980年代初頭までに、全社ポートフォリオ計画のアプローチは、多角化企業で広く定着していった。フィリップ・ハスペスラーグは1982年に発表したポートフォリオ計画の実務に関する論文で、「これまでのアプローチとは異なり、ポートフォリオ計画は企業に広く定着し、経営実務に顕著な改善をもたらしている」と結論づけた (Haspeslagh 1982, p. 71)。

ポートフォリオの概念は、企業の経営者の間で瞬く間に広く受け入れられたにもかかわらず、その黎明期から学術文献では批判的な評価を受けていた(Untiedt et al. 2012)。「金融市場の側で幅広い株式銘柄に投資することで同等の利益を達成できるのだから、企業の側が多角化する必要はないのではないか」という議論はさておき、これらの批判は、ポートフォリオという概念全般の妥当性や、その基本となる前提、分析ツールの適切な利用法について疑問視したものである。

ポートフォリオの概念全般についてその妥当性を疑問視する批評家たちは、多角化企業における戦略に関する意思決定は複雑かつ相互依存するものであり、それを過度に単純化するリスクについて主に警鐘を鳴らした。特に、どのポートフォリオ分析ツールを用いるかによって導き出される戦略的な提言が異なる可能性があるため、事業部門が単純な2次元のマトリクス上のどこに位置するかというだけで事業ごとの戦略を設定するという考え方に異議を唱えた。

これらの警鐘は確かに的を射ている一方で、戦略的意思決定が機械的にポートフォリオ・ツールに置き換えられているとする仮定は単純にすぎる。無論、ポートフォリオ分析は自動的に答えを導き出してくれるわけではない。しかし、正しい問いをもたらし、戦略的な思考へと導き、それを支援するために分析は行われるべきである。この点に関していえば、ポートフォリオ・マトリクスの単純さは大きな利点となりうる。ただ、ここでは早計に結論を出すべきではないだろう。

第二の主な批判は、戦略的事業部門とそれに関連する市場、マトリクスの軸の定義に内在する曖昧さをはじめとする、ポートフォリオ・ツールの基本となる前提に焦点を当てたものである。この立場を取る論者たちは、既存のポートフォリオ・ツールには、リスクやケイパビリティ、事業の生存期間、競合予測などの重要な観点が欠けていると指摘する。これらの批判には確かに一理あるが、だからといってポートフォリオの概念そのものを拒絶するのではなく、その改良につなげるべきである。さらに、一般的なポートフォリオ・ツールは、戦略決定における単なる出発点と見なすべきであり、各企業が置かれている状況やニーズ、特定の戦略課題に合わせカスタマイズする必要がある。

最後に紹介する批判は、企業の経営者がポートフォリオ・ツールを適切に利用しないのではないかという懸念に基づいたものである。このような批判を展開した論者たちは、経営者が事業を実際よりも良好であるかのように見せることで、資金や経営陣の関心、尊敬を受けようと製品・市場の境界や入力パラメータを操作する誘惑に負けてしまう可能性を警告した。さらに、経営者がポートフォリオの分析結果を誤って解釈したり、事業特性を考慮せず汎用の戦略に固執しすぎた結果、思わぬ誤用のリスクが生じる可能性もあるとしている。これらのリスクは、戦略計画や戦略的判断をサポートするあらゆるポートフォリオ・ツールに内在している。企業の経営者は、これらのリスクを真摯に受け止め、注意深く管理する必要がある。

一般的に、ポートフォリオ分析の価値は、使用するフレームワークや分析結果よりも分析を行う過程にあると考えられている。ポートフォリオ内の事業を体系的に評価することで、単純なポートフォリオ・マトリクスを用いた場合よりもさらに多くの重要な戦略課題を特定し、貴重な洞察を得られることが、これまでの経験から明らかとなっている。優れたポートフォリオ・ツールとは、経営陣の目を重要な戦略課題に向け、戦略的思考をサポートし、本社部門・本社レベルにおける意思決定のための大枠を提供するものである。