投票箱に紙を入れる手写真はイメージです Photo:PIXTA

“毒舌”で知られる兵庫県明石市の前市長、泉房穂氏。故郷・明石市を「心から憎み、心から愛している」と言い切る泉氏が、明石市市長選挙で初当選したとき、わずか69票差だった。市民だけを味方に選挙を闘った当時、実は出馬した瞬間に「勝てる」と確信していたという――。

※本稿は、『政治はケンカだ! 明石市長の12年』(講談社)の一部を抜粋・編集したものです。

わずか69票差
奇跡の当選

――2022年7月、岸本聡子さんが187票差で競り勝って杉並区長に就任しました。奇跡の勝利と言ってもいいと思うのですが、12年前に明石市長に初当選したときの泉さんはもっと僅差だったんですよね?

 わずか69票差でした。人口30万の明石市で有権者の0.03%程度の誤差の範囲。統一地方選挙で一騎打ちだったんですけど、最初の開票結果は75票差で私の勝利だったんです。でも、相手陣営から文句が出て、数え直すことになり、私に入っていた6票が無効と判定されて、69票差に。

――危なかったですね。まさにギリギリの戦い。

 最後の最後まで票を数えてました。あの時の統一地方選挙で、最後に出た当選確実が私でした。

――長年、政治記者をやってきて思うのですが、最初に権力を獲る時の「なり方」が、政治家にとって極めて重要なファクターになる。なので、泉房穂という政治家を語る上で、12年前にこだわりたい。あの2011年4月の明石市長選には、どういう経緯で出馬することになったんですか?

 あの時は前任者が出馬しないことになり、兵庫県知事の知事室長だった県民局長が自民党・民主党・公明党に担がれ、兵庫県知事が中心になって彼を支援した。彼は、明石市内で有名な明石高校の卒業生で同窓会が応援していたし、大学も地元の関大(関西大学)。まあ、全てが揃っていて盤石の状態だと思われていた。

 でも、「市民の応援だけを味方につけて市長になる」と決めていた私には、むしろ好都合だった。全政党、業界団体も全て、対立候補の応援に回ったので、私からしたら「これ以上、闘う舞台が整った選挙もないな」と、その状況が固まりきってから出馬を表明しました。自分としては願ってもないチャンスだと思っていたのですが、当時の記者クラブの記者たちは驚きを通り越して呆れてました。

――他に候補者が出てくる気配すらなかったわけですね。そこに、誰からも担がれてない泉さんが突然登場した。それは驚きますよ(笑)。

 忘れもしませんが、2月26日に出馬表明の記者会見をした時、「泉さん、相手候補は盤石の支持基盤を持ってます。あなたに支持基盤はありますか?」と聞かれ、「市民です」と即答したら笑われました。「そんなんで勝てる見込みがあるんですか?」とまで言われた。「いや、勝てますよ。市民のほうが多いですから」って言ったんです。

 どこの政党の幹部とか地元企業の偉いさんとか有名校のOBなんかより、名前も知られていない普通の庶民のほうが圧倒的に多いんです。なぜ、政党や業界の支持がないと勝てないと考えるのか、不思議で仕方がない。市民の応援だけで勝てるし、そうすることに意味があるんですから。むしろ、そういう形で勝たないと、市民に申し訳ない。

「明石のまちのために、私が勝つ必要があるんだ」と言ったら会場がしらーっとしてしまって、新聞に「泡沫候補が何を息巻いてるんだ」みたいに書かれました。

――誰の目にも明らかな劣勢をひっくり返して、明石市長になった。

 あ、ここは強調しておきたいんですけど、決して「ひっくり返した」わけではないんです。

――それは、もともと市民のほうが多い、という意味?

 はい。そこを、みんな勘違いしている。市民のために頑張ると言ってる人と、一部の人のために頑張ると言ってる人。普通に街の人に聞いたら、自分たちのために頑張るほうを応援する人が多いに決まっている。だけど、新聞やテレビが、もう勝敗は確定しているかのような報道をするから、みんなが諦める。だから、その思い込みにもとづいた結果が出てしまう。それで「あーあ、やっぱり」となるんだけど、その根本にあるのは単なる思い込みだし、勘違いなんです。

 私の場合は、出馬した瞬間に「勝てる」と確信しました。だけど、途中から先方も巻き返しを図り、票を固められていって追い上げられた。みんながみんな投票に行くわけではないですからね。市民全員が強制的に投票させられるような制度だったら、間違いなく私が勝てるんですけど、結局、お付き合いがあったり、誰かに頼まれてる人のほうが一生懸命投票に行くから。

 まちの空気感は70対30くらいで私が優勢でしたが、私たちの側で投票に行くのは4割ほど、一方相手方は9割近くが行かされる状況になりました。支持層×投票予測を比べると28対27、僅差が見込まれていたんです。それで最後には69票差まで追いつかれて、ギリギリのところで勝った、というのが実際のところです。