「政治なんて誰がやっても同じ」と考えるのは、大きな間違い。誰を選ぶか。市民一人ひとり、あなたの選択が、政治を良い方向にも、悪い方向にも変えていく 写真:片岡杏子
2011年、泉房穂市長初めての明石市長選は激戦となり、わずか69票差での当選でした。泉市長は「市民の1票がなければ、今日の明石市はありません。市政の転換も『5つの無料化』も『全国初の施策』も『10年連続の人口増』も実現していません」と言い切ります。前回に続き、泉市長の著書『社会の変え方 日本の政治をあきらめていたすべての人へ』(ライツ社刊)から4月に統一地方選挙を控えた「私たち市民」は「望ましい政治に変えるために何をすればいいのか?」を紹介します。
あなたの声は、
ちゃんと政治を変えている
明石のまちを変えていくことができたのは、2011年の市長選で明石市民が行った「選択」があったからです。2度目の2015年の選挙でも、不祥事で辞職した後の2019年の出直し選挙でも、市民が私を市長に選んでくれたからこそ、市民のための政治を行うことができました。
旧来の冷たい政治よりも、市民のためのやさしい政治を。
市民一人ひとりの願いと、選択。まさに投票に行くという大事な決断こそが、明石のまちと市民の暮らしをより良い方向へと変え、やさしいまちの実現へとつなげたのです。
なんとなく、権力=悪という感覚で、マスコミは権力批判、政治家批判こそが任務と言わんばかりの報道を続けています。肝心な政策の中身よりも、政治家の言動ばかりが注目されがちです。揚げ足をとるような話題が大きく報道され、もはや政治のニュースなのか、芸能人扱いのゴシップなのかわかりません。政治の本筋から国民を遠ざけようとしているのでは。そうとしか思えない姿勢です。
いかにもそれらしく合の手を入れる学者やコメンテーターを見聞きすると、「さっさと立候補してその賢い頭をみんなのために使え」と言いたくなります。評論家がもっともらしく語っても、その話を私たちが100回聞いても、暮らしは良くなりません。世論に語りかける暇があるなら、世の中の人のためにその能力を使うことだってできるのです。
まず自らが声を上げる
その言葉が伝わり、世の中を変える
ただ、そんなマスコミの政治批判の一環で、しばしば一般市民の発言、SNSの話題が取り上げられることがあります。
2016年には「保育園落ちた日本死ね」という匿名のブログが大きな話題になりました。この投稿がきっかけとなり、待機児童問題が顕在化し、国会で審議されるようになり、全国で対策がとられていきました。
たった1人の一般市民の投稿が、社会を変えた。実際の影響が全国に及び、現実の社会で政治を動かしていったのです。
私たち一人ひとりに、政治を動かす力があります。あなたも冷たい社会を変える力を持っています。
いわゆる「市民活動」や「政治参加」を大げさに考える必要はありません。簡単なことです。ツイッター、ブログ、何でもいい。まず自らが声を上げる。その言葉が伝わり、世の中を変える。より良い社会へと変革を起こせます。それが、今からでもあなたができる社会の変え方。あなたはそれをすでに手にしています。スマートフォンからつぶやくだけでも、政治への大きな1歩となっていくのです。
コロナ禍の最中、2022年の春に突然、「国が年金生活者に5000円を臨時給付」というニュースが流れたことがありました。言うまでもなく、夏の参院選を前にした高齢者層へのバラマキです。
こんなしょぼい一時金が選挙対策に有効と思われている。情けない限りです。私もツイッターで批判し、他にも多くの人々から反対の声が挙がりました。
SNSが広がる前の時代なら、こんな恥ずかしい施策でもそのまま強行されていたかもしれません。でも、もう今は全国各地の国民のリアルな反応がすぐに可視化される時代です。筋の悪い案に対する多くの批判が渦巻き、世論の強い反発に、政府・与党はわずか10日ほどで白紙撤回に追い込まれました。
口を開けば政治家、学者、マスコミは「金がない」「仕方がない」と、私たちをあきらめさせようとしてきます。「どうせ何を言っても変わらない」。そんなマスメディアを駆使したネガティブキャンペーンに騙されてはいけません。
政治を変えることは、決して無理なことなんかではない。政治は変えられるし、変わります。
SNS以外にも政治行政に直接意思表示する方法もあります。
国でも自治体でも、新しい政策の検討過程で「パブリックコメント」を募集することが多くなってきました。広く市民に意見を聞くための公式の制度です。郵送やメールで意見を役所に直接送ることができます。
「そんなの本当に見るの?」「出しても変わらないでしょ」
政治に期待していない方は、そう思うかもしれません。でも実際に、きっちりと読んでいます。ここは役所の良いところ。真面目に全件受理し、届いた意見は全部読み、回答も公表します。意見を反映して、計画や条例の内容などが実際に修正されることもあるのです。
さらに住民の代表である地方議員、国会議員を使う手段もあります。議員に意見を伝え、議会で質問してもらう。署名を集めて陳情する。請願を提出する。政治を動かす方法は、実はたくさんあるのです。
選挙のとき、候補者に公開質問状を出すこともできます。1人で勇気が出ないなら、同じような意見を持つ周りの人にも声をかけ、複数の声を束ね、みんなで声を上げればいいのです。
すぐに変わることばかりではありません。それでも政治に何も言わずにいたら、もっと状況は悪くなる。黙ってそんな事態を受け入れる覚悟をするか、あなたが声を挙げるか。政治から目を背けていては、何も変わりません。
まずは市区町村から変えていく
まちづくりは、市区町村のトップである首長の政治姿勢に大きく左右されます。
自治体の首長は「独任制」。ある意味、大統領のようなものです。そのまちの制度やしくみを直接変えることができる、大きな権限を持っています。
同じく市民に選ばれるとはいっても、国会議員は大勢いる中の1人となってしまいます。ですから、できることも限られます。よくいろんな方から「次は国政へ」「国会議員に立候補を」と熱心に声をかけられますが、両方を経験した立場からすると、市長のほうがスピード感を持って実際にやれることが多い。つくづくそう実感しています。
大統領制のアメリカや韓国では、良くも悪くもトップが変わると社会がガラリと変わります。でも、日本は議員内閣制です。トップの総理大臣を選ぶのは、国民ではなく国会議員です。だから総理大臣は国民ではなく、国会議員のほうを向いて動きがちです。
一方で、首長は住民から直接選ばれ、本来有している権限を適正に執行できれば、自分たちのまちをより良く、大きく変えることができます。そういう意味で、市長は大統領のように大きな影響を与える政策を実行することができるのです。
日本の議員内閣制のもとでは、良くも悪くも政治は安定的になってしまいます。
大きな変化を望むのは難しい枠組みです。新たな政策を実現しようとしても、まずは多数派工作が待っています。とにかく賛同者を増やさなければ話になりません。でも、「正しいから」「良いことだから」と賛成してもらえるほど、単純には事は運べません。
現実は、与野党の攻防、党内の派閥争い、さらには業界団体などの意向に加え、過去の経緯なども含め一筋縄ではいかない事情が複雑に絡み合い、横やりが入り、利害調整に無駄な時間と不毛な労力を割くことになります。総理大臣だけは、その気になればかなりのことができるはずですが、そこにたどり着くには、はるか遠い道のりです。
しかし国とは違い、自治体のトップは自らさまざまなことができるポジションです。
加えて、ある政策のニーズが高ければ、そして、そのまちの住民が動けば、全国どこのまちでもその政策を実現することができます。
私はこれまでも機会あるごとに声を大にして、そう言い続けてきました。
「誰がやっても同じ」はウソ
「政治なんて誰がやっても同じ」と考えるのは、大きな間違いです。誰を選ぶか。市民一人ひとり、あなたの選択が、政治を良い方向にも、悪い方向にも変えていきます。
政党から出ないと勝てないと思い込み、政党に依拠して当選した政治家に、市民のほうを向いた政治ができるはずがありません。選挙のときは威勢のいいことを並べ立てても、当選してしまえば特定政党に寄りかかった方針にならざるをえないのです。
政党や団体の応援があれば選挙に勝てる。そんなパターンを覆した選挙こそ、明石市の市長選でした。
私は、どの政党の応援もなく、どの業界団体の応援もなく、2011年、2015年、2019年3月と4月、4度の市長選挙を勝ち続けてきました。
大事なのは「市民」。見るべきは「市民」。支持母体は「市民」。
いつまでも政党や企業、団体に頼る選挙をしているようでは、冷たい社会は変わりません。選挙の段階から、私たちの未来につながる政治は始まっています。
暮らしに直結する政治から目を逸らさず、チェックする。私たち市民のほうを向かなければ勝てない選挙にする。そして、私たち市民のための政治をする人を選ぶ。身近な地方選が変わっていけば、国政選挙も必ず変わっていきます。
誰がやっても同じだなんて、そんなことはありません。大事なのは、行動することです。







