泉 房穂・明石市長Photo by Kazutoshi Sumitomo

他の地方自治体に先駆けて、子育て支援策など福祉政策の拡充を図ってきた明石市。人口は増加し、税収も増えた。3期12年の間、市政を担ってきた泉房穂市長が4月末で任期満了を迎える。泉市長のインタビューを2回にわたりお届けする。前編では、明石市の名を全国に知らしめた子育て支援策を中心に、これまでの経緯とアイデアの源泉を語ってもらった。(構成/ダイヤモンド編集部編集委員 竹田孝洋)

子育て支援充実で明石市に
引っ越してくる人が増加

――12年間の明石市政を振り返って、どう自己評価しますか。

 子どものころに誓った明石市長になり、「優しい社会を明石から」という思いを持ってやってきました。ファーストペンギンとして世の中でできないと思い込まれていることをできるに変える政治をしてきましたが、3期12年である程度達成できたかな、という感はあります。

 次は明石から広げていく段階に入ると言う意味で、ステージが変わるというイメージを持っています。

――当初描いていたグランドデザインと実際にやってきたことのズレはありますか。

 市長になる前にやることを決め、それを順々に進めてきましたが、大きく2点、当初の想定と違ったことがあります。

 一つ目は市民や国民の生活が当初予想していたより苦しくなっていたということです。30年間給料が上がらない一方で、税金は上がり社会保険料も上がって可処分所得は減少しました。特に子育て世帯の生活は苦しくなっています。

 そのため子育て支援を充実させたことで、明石に引っ越す人が増え、想定を上回る人口増加になりました。

 10年連続で人口は増えましたが、周囲の自治体がもっと早く明石同様に子育て支援を充実させていれば、明石だけが増えることにはならなかったでしょう。その意味では良いことではないのです。

 二つ目は、周囲の自治体が明石のまねをせず動かなかったことです。ようやく2年前ぐらいから変わりはじめ、足元の半年で一気に変化しました。子ども医療費の完全無料化ですが、明石市は2013年に中学生まで、21年に18歳まで対象を拡大しました。今では兵庫県下の13の自治体が導入しています。

 他の市長さんからも、明石の子育て支援について問い合わせを受けています。高島宗一郎・福岡市長は電話をかけてきて、「泉さん、参考にさせてもらいます」と言ってきました。

 現在、各自治体だけでなく国も子育て支援に力を入れるようになったが、先駆けて実行した明石市においても導入当初はすんなりと受け入れられたわけではなかった。次ページからはその経緯と市民の反応の変化、施策のアイデアの源泉を語ってもらいます。