1984年に刊行されて大きな話題となり、多くの経営者やリーダーに読み継がれてきた名著『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』。大東亜戦争における日本軍の組織的な失敗を分析。なぜ開戦に至ったかではなく、開戦後の日本の「戦い方」から日本の組織にとっての教訓を導き出した。日本人にとって極めて示唆に富む一冊だが、少し難解でもある。
そこで、そのポイントをダイジェストでまとめ、ビジネスパーソンが仕事で役立てられることを目的として送り出されたのが、『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』だ。さて、そのエッセンスとは?(文/上阪 徹)
日本軍上層部の「現場を殺した命令」とは?
大東亜戦争における日本軍の組織的な失敗を分析した『失敗の本質』。その考察をビジネスパーソンの仕事に役立てられないか、という目的で書かれたのが、『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』。2012年の刊行当初から大きな話題となり、16万部を超えるベストセラーになっている。
著者は、ビジネス戦略・組織論のコンサルタントである鈴木博毅氏。7つの視点で『失敗の本質』が紐解かれていくが、読んでいてあまりに衝撃的だったのが、第5章の「組織運営」~勝利につながる現場活用、だ。
日本軍の上層部、作戦立案担当者は「現場を活かす」ことが徹底的に不得手だったと鈴木氏は指摘する。
例えば、壊滅的な打撃を受け、戦況のターニングポイントとなった1942年のガダルカナル作戦では、約1000キロも離れたラバウル航空基地にガダルカナル島への攻撃を命じて、航空隊の名手・熟練パイロットと戦闘機を多数、失っている。
長時間飛行は大変な疲労を伴うものであり、一時驚異的な航続距離を誇った零戦二一型でさえもガダルカナル島上空での滞空可能時間がわずか一五分のみ。これでは勝てるはずもありません。
現場を活かすどころか、「現場を殺す」命令なのです。(P.152)
上層部は最前線と現場の実情をまったく無視した作戦を強行した。日本軍は零戦の名手が多いことで名高かったラバウル航空隊を自ら壊滅させてしまうのである。
「中央」と「現場」を一年ごとで交替させたアメリカ軍
日本軍の組織運営の失敗に共通する点は大きく2つあると鈴木氏は書いている。
① 上層部が「自分たちの理解していない現場」を蔑視している
② 上層部が「現場の優秀な人間の意見」を参照しない
そして、日本軍の上層部の特徴をこう記す。
・現場を押さえつける「権威主義」
・現場の専門家の意見を聞かない「傲慢さ」
一方、アメリカ軍は現場の自主性・独立性を認め、意見交換やフィードバックに努めた。現場を使いこなし、成果を最大化させた。組織としての「現場への基本姿勢」があまりに違った日米。結果は、早い段階で見えていた。
そして鈴木氏は、今の日本についても危惧する。
社員が数百人、あるいは数万人規模になれば、当然最前線の感覚と全体戦略を束ねる中央部との乖離が生まれてくるはずです。(P.159)
そしてここで、当時のアメリカ軍が現場を把握するために取った対策が極めて興味深い。合衆国艦隊司令官兼、作戦部長だったアーネスト・キング元帥の人事システムだ。
過酷な最前線を体験したスタッフを、中央作戦部に引き戻して活躍させる仕組みです。(中略)
これなら「最前線の緊迫感・切迫感」が中央部に伝播しないわけがありません。(P.160-161)
血を流している数多くの友軍を救いたい。最前線から中央部へ戻った作戦部員は、そんな一心で仕事に取り組み、前線を把握して侵攻作戦を推進する大きな原動力になった。
一方、日本軍は戦地から遠く離れた大本営で、意見や指摘も聞かずに作戦を立て続けた。2000メートル級の山脈地帯への進軍をほとんど補給なしで行わせたインパール作戦は、まさにその象徴である。
この作戦により、戦闘ではなく進軍で、日本軍からは3万人もの死者が出た。その6割は餓死や病死だったと言われている。
アメリカ軍は「無能であればクビ」と人事で明示した
そしてもう一つ、日米の人事の違いが、リーダーへの評価だ。アメリカ軍は、勝てない提督や卑怯な司令官はすぐさま更迭した。
実際、ガダルカナル島への上陸作戦では、作戦に悲観的で島から撤退したフランク・フレッチャー提督は3ヵ月後に解任、後に退役となった。ソロモン海戦では、現地作戦侵攻の準備で手間取り、かつ極度の悲観論で司令部に「敗北主義に近い報告」を行ったゴームレー中将は、猛将ハルゼーと交代させられた。
後にハルゼーはさまざまな作戦で活動を続け、アメリカ海軍の戦勝に大きく貢献したとして歴史に名を残している。そして、ハルゼーの抜擢という「評価」で、アメリカ海軍全体がこの2つを理解したと鈴木氏は書く。
①戦場で迅速な行動力と勝利への執念がある人物は高く評価される
②非効率で行動が遅く、成果を挙げない人物は降格される
フレッチャーやゴームレーの左遷は「無能であればクビにする」という組織の方針を明示したことにもなるのです。(P.168)
対して、日本軍はどうだったか。ノモンハン事件で多数の日本兵を犠牲にした辻政信参謀は予備役編入を免れ転出、中央に返り咲いた。
ミッドウェー作戦で敗戦をもたらした草鹿龍之介参謀長は、南雲忠一司令官とのコンビでそのまま新編第三艦隊に留任した。
無謀極まりないインパール作戦を主導・実施した牟田口廉也中将は、のちに陸軍予科士官学校の校長に任命された。
これでは、敗戦や無謀な作戦を立案・実行しても責任を取らなくて済む、と将校が認識しても不思議ではありません。(P.169)
厳しい戦況の中で慎重論を唱えた下士官や参謀は「やる気・意欲がない」という理由で左遷、更迭されていった。こうして保身と無責任が蔓延していく組織ができあがっていった。
さて現代になり、日本企業は人事で正しいメッセージを組織に発信しているかどうか。それは確実に、社員に届いている。
この連載では「戦略性」「型の伝承」「組織運営」について紹介したが、他に「思考法」「イノベーション」「リーダーシップ」「メンタリティ」について詳細な解説が行われている。
今なお閉塞感の漂う日本に、改めて強烈な活を入れてくれる1冊だと思う。
(本記事は『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』より一部を引用して解説しています)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。
【大好評連載】
第1回 【日本軍の敗因】「悲惨な結果を生むリーダー」7つの共通点
第2回 【なぜ?】日本人が戦略思考を苦手とする、あまりに根深い理由
第3回 優秀な人が「やる気を失っていく」組織の1つの特徴【日本軍の失敗から学ぶ教訓】