1984年に刊行されて大きな話題となり、多くの経営者やリーダーに読み継がれてきた名著『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』。大東亜戦争における日本軍の組織的な失敗を分析。なぜ開戦に至ったかではなく、開戦後の日本の「戦い方」から日本の組織にとっての教訓を導き出した。日本人にとって極めて示唆に富む一冊だが、少し難解でもある。
そこで、そのポイントをダイジェストでまとめ、ビジネスパーソンが仕事で役立てられることを目的として送り出されたのが、『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』だ。さて、そのエッセンスとは?(文/上阪 徹)

【なぜ?】日本人が戦略思考を苦手とする、あまりに根深い理由Photo: Adobe Stock

「何のために」命をかけて戦うのか?

 大東亜戦争における日本軍の組織的な失敗を分析した『失敗の本質』。その考察をビジネスパーソンの仕事に役立てられないか、という目的で書かれたのが、『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』。2012年の刊行当初から大きな話題となり、16万部を超えるベストセラーになっている。

 著者は、ビジネス戦略・組織論のコンサルタントである鈴木博毅氏。7つの視点で『失敗の本質』が紐解かれていくが、その一番目に置かれたのが「戦略性」だ。

 私たち日本人が『失敗の本質』を読んで最初に感じる点は、「日本軍の戦略があまりに曖昧だった」ということでしょう。(P.36)

 大東亜戦争では、日本は当初、快進撃で勝利を積み重ねていった。真珠湾攻撃、マレー作戦、フィリピンマニラ攻略、蘭領インドネシア進出、英領ビルマ侵攻・全土制圧、ラバウル制圧、セイロン沖開戦で英東洋艦隊に勝利。

 多くの戦闘で勝利し、太平洋の南洋諸島を委任統治領として多数の基地を建設。日本軍が駐留した島は、25にものぼった。

 しかし、鈴木氏はこう指摘する。

『失敗の本質』で指摘される日本軍の迷走から見えること。その一つは、「目標達成につながらない勝利」の存在です。(P.37)

 実は南洋諸島で日本軍が駐留した25の島のうち、後に米軍が上陸占拠したのは、わずか8島だった。残り17島は戦力のみを無力化して放置されたのだ。米軍の侵攻を阻止する役割を果たせなかっただけでなく、実は戦略上、無意味だったというのである。

 言ってみれば、勝っても意味がないところで、勝負していたということだ。

戦略のミスは、戦術でカバーできない

 大東亜戦争で、日本は各地の戦地での勝利を目指した。そこに問題があるわけではない。しかし、ではなぜ、後にアメリカの反転を許すことになったのか。鈴木氏はこう指摘する。

米 軍 「目標達成につながる勝利」が多かった
日本軍 「目標達成につながる勝利」が少なかった
(P.38)

 これがまさに「戦略」だ。大局的な戦略とは「目標達成につながる勝利」と「つながらない勝利」を選別し、「目標達成につながる勝利」を選ぶことなのだ。

 もし、米軍を抑止する効果もない17もの島を占拠した日本軍が、抑止効果のある8島だけに基地を集中していたら、兵員は3倍にできた。大局的な戦略の有無が「目標達成につながらない勝利」を多数、生み出してしまったのである。

 また、大東亜戦争の明暗を分けることになったミッドウェー海戦では、日本はまずミッドウェー島の空爆に成功している。しかし、暗号が直前ですべてほぼ解読され、空爆の効果は乏しかった。それどころか、空母を先に撃沈され、惨敗する。

 島への空爆を成功させることは、戦術としては成功だった。しかし、ミッドウェー海戦に日本軍は敗れた。鈴木氏はこう書く。

 いかに優れた戦術で勝利を生み出しても、最終目標を達成することに結びつかなければ意味はありません。戦略のミスは戦術でカバーすることができない、とはよく指摘されることですが、目標達成につながらない勝利のために、戦術をどれだけ洗練させても、最終的な目標を達成することはできないのです。(P.41)

 そして重要になるのは、戦略の「指標」だという。どこかの戦場で大勝利すれば勝利が決まる、と考えるか、国家の国力、生産補給力で勝利が決まる、と考えるか。日本軍は、明らかに指標を間違えて、戦略を構築してしまったということである。

 これは、ビジネスにおいても同じだ。性能面や価格面で一時的に勝利しても、「指標」が変わってしまえば最終的な勝利にはつながらない。「指標」は、競争相手を出し抜くために、変化を続けていくものだからである。

日本人が「戦略思考」を苦手とする根深い理由

 日本は戦後、奇跡の復興を果たす。日本からは世界に冠たる商品が次々に出ていった。となれば、戦後の日本人には戦略性が身に付いたのか、と思いきや、どうやらそうではなかったようである。

 本書では、アメリカで大ヒットしたホンダ製小型バイク「スーパーカブ」が紹介されているが、実はこれは狙って売れたものではなかった。最初は大型バイクで勝負するつもりだったが、「小型チョイ乗り」という新しい市場があることを偶然、発見したのだ。これこそ、新しい「指標」だった。

 この発見を鈴木氏は「体験的学習で新戦略を察知した」と記している。

 日本軍ならびに日本企業が歴史上証明してきたことは、必ずしも戦略が先になくとも勝利することができ、ビジネスにおいても成功することができるという驚くべき事実です。
 これは日本軍にも通じる点ですが、「一点突破・全面展開」という流れを日本人と日本の組織が採用しがちなのは、戦略の定義という意味での論理が先にあるのではなく、体験的学習による察知で「成功する戦略(新指標)を発見している」構造だからでしょう。
(P.57)

 理屈や理論ではなく、売れているという事実、体験的学習からの積み上げから、「指標」に気づくことが多いのが日本なのだ。

 しかし、ここには大きな弱点がある。成功した定義が曖昧なのである。だから、他の戦略を考えられず、とにかく売れた商品ばかりを売り続けてしまう。日本軍もそうだったのだ。意識せずに発見した勝利にとにかくこだわり、「目標につながらない勝利」を繰り返してしまうことになったのである。

 日本人の文化の中で「戦略の定義」が不明確であることは、確実にデメリットを生んでいます。体験的学習の優秀さで一時的に勝利したとしても、なぜ成功しているのかの理由を正しく理解できなければ、その後勝利が劣化していくことを食い止める対策が生まれてこないからです。(P.59)

 成功を手にした日本企業が停滞している姿は、まさにここにこそ要因があるのではないか。成功要因を把握できないと長期的には敗北する。なぜなら、「指標」は変わるからだ。

 本書では、製品単体の性能としての「価格」「機能」ばかりを追求した日本企業と、新しい戦略の指標「互換性」「ネットワーク」を掲げて世界制覇したマイクロソフトとを比較している。

 勝利は大切だ。しかし、なぜ勝利しているのかを、理解しなければいけない。そして常に「指標」が変わることを覚悟し、有効な「指標」を常に模索し続けることが求められる。これこそが、戦略なのである。

(本記事は『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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