1984年に刊行されて大きな話題となり、多くの経営者やリーダーに読み継がれてきた名著『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』。大東亜戦争における日本軍の組織的な失敗を分析。なぜ開戦に至ったかではなく、開戦後の日本の「戦い方」から日本の組織にとっての教訓を導き出した。日本人にとって極めて示唆に富む一冊だが、少し難解でもある。
そこで、そのポイントをダイジェストでまとめ、ビジネスパーソンが仕事で役立てられることを目的として送り出されたのが、『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』だ。さて、そのエッセンスとは?(文/上阪 徹)

優秀な人が「やる気を失っていく」組織の1つの特徴【日本軍の失敗から学ぶ教訓】Photo: Adobe Stock

カリスマ経営者の「虎の巻」はなぜ危険なのか

 大東亜戦争における日本軍の組織的な失敗を分析した『失敗の本質』。その考察をビジネスパーソンの仕事に役立てられないか、という目的で書かれたのが、『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』。2012年の刊行当初から大きな話題となり、16万部を超えるベストセラーになっている。

 著者は、ビジネス戦略・組織論のコンサルタントである鈴木博毅氏。7つの視点で『失敗の本質』が紐解かれていくが、強烈に印象に残ったのが第4章、4つ目に掲げられた「型の伝承」だ。いかにも真面目な日本人が陥りやすいと感じた。鈴木氏はこう記す。

 指摘したいのは、日本人と日本組織の中には、過去発見されたイノベーションを戦略思想化し、「虎の巻」としたい欲求が存在することです。(P.135)

 成功した要因を分析し、その理由を理解し、戦略へと落とし込んでいくことは重要だ。しかし日本で危険なことは、権威のようなもので「虎の巻」が作られていくことがあるということ。例えば、過去のカリスマ経営者の成功体験を「単なる形式」として伝承してしまう。

 なぜ成功できたかという「成功の本質」ではなく、型と外見だけを伝承するようなことになりかねない。これでは、失速は免れない。

 頭を使っているつもりで実は堂々巡りをしていることがよくありますが、本質を議論する能力ではなく、単なる型の伝承で教育を行った集団には特にその危険性があります。
 乗り越えられない問題は、実は視点の固定化が生み出しているかもしれないのです。
(P.135-136)

 大東亜戦争では、日本軍はミッドウェー海戦で大敗北を喫し、ガダルカナル作戦では陸軍が壊滅、行う必要のなかったインパール作戦でビルマ防御線が崩壊、レイテ海戦で失敗するなど敗北を繰り返した。

 正しい戦略策定をほとんどすることなく、やみくもに「同じ行動」を繰り返して敗北する様子は「本質を失った」型の伝承を想起させる、と鈴木氏は指摘する。

10兆円の巨大企業・マイクロソフトが変われた理由

 では、過去の成功体験が通用しなくなったとき、何が必要なのか。

 この文章を書いている私には、2018年に書いた著書『マイクロソフト 再始動する最強企業』がある。パソコンOSで一時代を築いたマイクロソフトだが、インターネットの登場やITテクノロジーの進展で、大きな転換期を迎えていた。

 そこでマイクロソフトが取り組んだのが、ビジネスモデルの大転換だった。ソフトウェアやハードウェアを売って儲けるビジネスから、クラウドを使ったサブスクリプション型に大胆にシフトしていったのだ。

 当時10兆円規模の売り上げを持っていたマイクロソフトが驚くほどのスピードで変わっていく姿は、日本ではあまり知られていなかった。一方で、株式市場は高く評価し、GAFAはやがてGAFAMと呼ばれるようになる。

 実はこの本を書くきっかけになったのは、日本マイクロソフトの当時の社長に、こんな話を聞いたからだ。

「新しくCEOに就任したサティア・ナデラは、今、ITを超えたまったく別の世界を思い描いている」

 驚いた。既存のビジネスを継続することではなく、既存のリソースを使って10兆円企業をどう作り替えるのか、ゼロから考えようとしているというのだ。そして実際、ビジネスモデルの大転換が行われた。

インテルが成功体験を捨てられた「ある質問」

 実は同じようなエピソードが、『「超」入門 失敗の本質』に出てくる。70年代にDRAM(半導体メモリ)の会社として大成功を収め、80年代にはCPU、MPUによる売上高が急増し始めていたインテルだ。

 80年代半ば、インテルを大きな衝撃が襲う。

 安価高性能な日本企業のDRAMの世界市場への怒濤の挑戦です。日本企業は巨大かつ超高効率な工場でDRAMを生産し、インテルを追い落とすべく低価格攻勢を繰り広げたのです。(P.139-140)

 後に日本のDRAMは世界を席巻するが、インテルは早々に撤退。MPUの事業にシフトした。そして日本のDRAMは後に新興国の登場で敗北、インテルはMPUで世界において圧倒的な存在になったのは、ご存じの通りである。

 当時のCEO、アンディ・グローブがなぜこの撤退の決断ができたのか。もちろんDRAMという成功体験を捨てることは簡単なことではなかった。

 一年後、インテルとグローブは、ある質問を思いつくことで、ついに答えを見つけ出します。
「僕らがお払い箱になって、取締役会がまったく新しいCEOを連れてきたら、そいつは何をするだろう?」
(P.141)

 この質問を経営陣自らが発したことで、インテルは「DRAM撤退」という正しい答えをやっと導き出すことができたのである。ようやく「古い虎の巻」を手放すことができたのだ。

日本的組織がイノベーションをつぶす根本理由

「勝利の本質」ではなく、「単なる型」を伝承している場合、引き起こされる危険は他にもある。組織が既存の認識を変えることができなくなり、イノベーションの芽を組織が自ら奪ってしまうことだ。

 典型例が、大東亜戦争の日本軍にあった。レーダー開発である。まさにミッドウェーの大敗はレーダーによるものだったが、実は日本でもレーダー技術の開発は進められていた。ところが、日本人科学者は「予想外の壁」に何度も阻まれることになる。

 日本軍部・軍人のレーダー兵器に対する「理解のなさ」と「徹底的な軽視」です。
 海軍軍人たちは、自分たちの知らなかった技術・兵器であるレーダーの重要性を、ほとんど理解することがなかったようです。
(P.145-146)

 レーダーを使って敵を見つけて攻撃するなんてことは起こり得ない。バカげた戦い方だ。兵器として使えない……。こんな声が飛び、あげくは研究所のスタッフが試作品を戦艦に設置しようにも、場所をもらえなかった。

 それでも1942年にはレーダーの量産命令が下った。ところが、海軍は量産を請け負った会社に十分な資材を用意しなかった。愛国心溢れるこの民間会社の重役が、資材をヤミ市で調達したところ、警察に見つかってしまい、逮捕されたという。

 単なる型の伝承を組織内教育として何十年も行ってきた集団にとって、勝利の本質への議論の転換は、まさに自分の敵が登場したことに等しい脅威です。このように「本質ではない型の伝承」によって、組織はイノベーションを敵対視する集団に劣化してしまうのです。(P.150)

 敗戦色が濃くなった頃、軍人たちは「伝探(レーダー)で負けた」と主張し始めたそうである。優れたイノベーションの芽も、組織がつぶしてしまうのだ。

 求められるのは「型の伝承」ではなく、「勝利の本質」を伝承すること。単なる伝承が、いかに危険か、である。それが理解されなければ、海軍と同じようなことは再び起こる。

(本記事は『「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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