精神的クリーム支柱の場合は特に掴みにくい。その理由は、前後ではなく中間にカタカナが挿入される形だからです[参考・石黒式ダジャレ構造分類 増減系4種のうちの、部分挿入]。

 ちなみに僕はこれを気にいっていてよく使うんですが、1回発するだけではわかってもらえないのでこうします。「彼の存在が、精神的支柱でしたね。精神的クリーム支柱でした」と最初にまっとうに言って次にダジャレとしてかぶせる。これでわかる人はわかるけど無理なときも多々。まあそれはそれで深追いしないのがマナーであり粋ですね。

 他に同じパターンでは(3)若冲と豆の木、(6)電球ベリマッチ!、(8)法律・ビー・アンビシャスと、(4)つのだ☆披露宴、もややエッセンス入ってます。(3)は、そもそも伊藤若冲がぱっと頭に浮かばないときついので、3つ目の理由もあるのですが。

 そしてこれと同じことはたいがいのダジャレにおいて言えますが、会話や文章中の流れでわかるものですね。伊藤若冲展を見に行ってたら、まあ普通にわかる。しかし、その場で発しても当たり前すぎていまいち面白さが増幅しないというジレンマもあるのです[参考・ダジャレの用法にはA面とB面がある]。できるだけ無理なく流れに乗って発したいところで、これは当たって砕けてそこで自問自答していく場数はあったほうがいいでしょう。

 たとえば、(6)ならば、電球換えようとして、手渡ししてもらった時とか。(8)なら、クラーク博士の話題で発したらダサイわけで、法律学ばないとね、なんて話のときとか。

 2つ目の理由へ。●「加工語の音が目的語に近すぎて普通に言ったようにしか聞こえない」。この典型が(5)ハッピーバースデー梅雨。これ構造として、部分削除ですが、オンビキが1文字なくなってるだけなので気付きにくいです。実際僕は何度もスルー食ってますし。