2023年4月に「離乳食の全店無料提供」の開始を発表するや、SNS上で“炎上”的な反応が沸き起こったものの、企業理念に沿った秀逸な対応によって、世間から高く評価されたスープストックトーキョー。「世の中の体温をあげる」という理念を掲げて同社を経営するのが、代表取締役社長の松尾真継さんだ。
そんな松尾さんが「規模の大小や業種・業態を問わず、いま、すべての会社の人が読んだほうがいい」と絶賛している一冊がある。企業理念(ミッション・ビジョン・バリューなど)の策定・実装を手がける佐宗邦威さんの新著『理念経営2.0』だ。
お二人が考える理念経営のあり方、理念を組織文化に落とし込むための方法、そして「炎上事件」の舞台裏と後日談などを、松尾さんと佐宗さんによる対談形式でお届けしていく(第3回/全3回 構成:フェリックス清香 撮影/橋本千尋)。
なぜ離乳食を全店で無料提供することになったのか?
佐宗邦威(以下、佐宗) 今回、スープストックトーキョー社長である松尾さんにお伺いしたいと思っていたのが、この4月に話題になった例の「離乳食の無料提供」の件です。SNSでは「炎上」などと騒がれていましたが、最終的に御社の毅然たる対応は、多くの人から称賛を集めることになりましたよね。
当時はちょうど『理念経営2.0』の校正作業が大詰めを迎えているタイミングだったのですが、「炎上」後に出された御社のメッセージを見たときには感動しました。「これぞ理念経営だ!」と思い、鳥肌が立ったのを覚えています。
あのときの一連のストーリーをぜひ伺いたいなと思っています。まずは「離乳食の無料提供」を発表するまでの経緯を教えていただけますか?
松尾真継(以下、松尾) ありがとうございます! これについては、ぜひともいつかどこかで語りたいと思っていたので、こういう機会をいただけてうれしいです。
僕はスープストックトーキョーの母体であるスマイルズ時代に「100本のスプーン」というファミリーレストランを手がけたのですが、じつはそのときから小さなお子さんを連れているお客さんのために、離乳食を無料で提供する取り組みをはじめていました。一般的なファミレスは「ファミリー」と銘打っているのに、離乳食中の子どもを連れて行くのはハードルが高いなと感じていたからです。
「100本のスプーン」でのこの取り組みは口コミで広がり、ビジネス的にもプラスの効果がありました。何よりも「世の中の体温をあげる」という自分たちの理念にも適合するものだという手応えがあったんですね。だからこそ、同じことをスープストックでもやりたいなと以前から考えていたんです。
そうして生まれたのが、「あかちゃんがなんどもおかわりしたくなる離乳食」というレトルトパッケージの商品シリーズです。スープストックでこの商品を販売していくにあたり、まずは12店舗だけに限定して試食サービスを展開していました。これがありがたいことに大好評だったため、「同じ取り組みを全店舗で開始します」と発表したのが4月18日でした。
佐宗 なるほど、離乳食の無料提供そのものは、しばらく前からすでに開始していたわけですね。それにもかかわらず、サービスを拡大することを発表したタイミングで、SNSなどにネガティブな声が上がりはじめた、と。
松尾 そうなんです。まず強調しておきたいのは、この取り組みを全店に広げようと決めた背景にも、僕たちの理念があるということです。「世の中の体温をあげる」という理念を掲げたことで、社員や現場のスタッフにさまざまな工夫が生まれるようになったことは、すでにお伝えしたとおりです。
「店員さんがこちらのマタニティマークに気づいて、白湯を出しくださいました」
「赤ちゃんが泣きだしてしまったときにスタッフさんがわざわざカウンターから出てきて『私がバギーを揺らしておくので、温かいうちにスープを食べてください』と言ってくれました。ありがたくて涙が出ました」
子育て中のお母さんからも、こういう声がたくさん届いていました。個々のメンバーが、どうやって目の前のお客さんの「体温」をあげようかを一生懸命に考えてくれていたんです。そういうメンバーたちをサポートする意味でも、公式のサービスアイテムを用意したいなという気持ちが、今回の「全店舗での離乳食の無料提供」につながったわけです。
株式会社スープストックトーキョー 代表取締役社長
1976年生まれ。99年早稲田大学法学部卒、日商岩井(現、双日)、ファーストリテイリングにて野菜ブランド事業立ち上げなどに携わったのち、04年に三菱商事のベンチャー子会社だったスマイルズに入社。部長、事業部長などを歴任後、08年のMBOによる会社独立時に取締役副社長に就任。16年2月からは同社から分社した株式会社スープストックトーキョーの取締役社長と兼務、21年4月からは代表取締役社長と株式会社スマイルズの取締役副社長を兼務。スープストックトーキョーでは、“世の中の体温をあげる”を自分たちの理念として掲げ、独自の理念経営を通じてブランド力を向上させ続けている。