2023年4月に「離乳食の全店無料提供」の開始を発表するや、SNS上で“炎上”的な反応が沸き起こったものの、企業理念に沿った秀逸な対応によって、世間から高く評価されたスープストックトーキョー。「世の中の体温をあげる」という理念を掲げて同社を経営するのが、代表取締役社長の松尾真継さんだ。
そんな松尾さんが「規模の大小や業種・業態を問わず、いま、すべての会社の人が読んだほうがいい」と絶賛している一冊がある。企業理念(ミッション・ビジョン・バリューなど)の策定・実装を手がける佐宗邦威さんの新著『理念経営2.0』だ。
お二人が考える理念経営のあり方、理念を組織文化に落とし込むための方法、そして「炎上事件」の舞台裏と後日談などを、松尾さんと佐宗さんによる対談形式でお届けしていく(第2回/全3回 構成:フェリックス清香 撮影/橋本千尋)。

【スープストックトーキョー社長に聞く】組織文化は「儀式」から生まれる。同社「七草粥の日」に起きた“予期せぬ変化”とは?

「七草粥の日」イベントで起こったこと

佐宗邦威(以下、佐宗) スープストックトーキョーは理念経営をなさっていますが、最初から会社全体に理念が行き渡っていたわけではないと思います。理念を社内へ伝播していくうえで、どんな取り組みをされているのでしょうか?

松尾真継(以下、松尾) 『理念経営2.0』にもありましたが、理念を体現する「儀式」は大事だなと思っています。「七草粥の日」のイベントはその1つです。スープストックでは、以前から1月7日に七草粥を提供する取り組みを継続してきました。

 といっても、最初から七草粥のイベントが「儀式」だったわけではありません。2016年に「世の中の体温をあげる」を自分たちの理念として据え直したのですが、その直後に幹部との七草粥の日の企画会議があったんです。その日の会議は、前年の販売数とその年の見込み販売数を確認しただけで終わりかけました。

 そのとき、僕は「これではいけない」と思ったんです。そこで、「そもそもこの七草粥の日ってなんのためにやるんですか?」と幹部たちに聞いてみたんです。そうしたら「1月7日ですから」という返事しか返ってこなかった。そんなの答えになっていませんよね。

 幹部たちにはその後の予定をキャンセルしてもらって会議を延長し、もう一度みんなで「なぜわれわれは、この日に七草粥を提供するのか?」を考えました。しかし、ちっとも自分たちの理念とつながる意味づけや提供方法についての案が出てこないんです。けっきょく僕が「七草粥をやるのは『世の中の体温をあげる』ためですよね? だったら、お客さまに提供するときには目を見て『今年も1年、健康でお過ごしください』と伝えましょうよ!」と提案しました。

 幹部からは「そんなことをすれば、現場ではレジ対応のスピードが落ちて、混乱を招きかねない」という反対の声が上がりました。ですが、そんな理由でこれを諦めてしまうのは違うと思いました。僕らは「世の中の体温をあげる」という理念を掲げる表現者の集団です。そういう理念の下で採用や営業をやっているのに、経営幹部がそれにストップをかけてしまうようでは、理念なんて嘘だということになる。なんとかみんなを説得して、店頭での「今年も1年、健康でお過ごしください」の声かけをやることになりました。

 当日、幹部たちには現場に行ってもらい、僕自身も1日で30店舗以上を回りました。ですが最初はやっぱり店舗のスタッフさんも恥ずかしがって声かけができていなかったんです。とうとう見ていられなくなり、「僕、実は社長なんですけど…」と伝えて、その場でスタッフさんたちに声かけの練習をしてもらいました。このとき内心では「(あぁ…けっきょく、強制になっちゃうのかなぁ)」とガッカリしていたんです。

 ところが、スタッフさんたちの様子に変化が起きました。いつのまにかみんなノリノリでやりだしたんです。その理由は、お客さんから反応があるから。

 飲食店の店員さんから「今年も1年、健康でお過ごしください」なんて言われることなんてないですよね。想定外のことを言われたお客さんが耳を真っ赤にしていたり、ニコニコしながら「若いのに関心だね」なんて言ってくださったりしていた。僕たちは文字どおり「世の中の体温をあげる」を実現していたわけです。そして、スタッフ自身もお客さんから反応が返ってくるのが楽しくて、明らかに「体温」があがっていました。

 しまいには、マニュアルもないのにレジで七草粥を勧め出したり、店頭に立って呼び込みをはじめたりと、日頃のスープストックトーキョーではやらない行動が生まれはじめました。しかも他店でも同じことが起きていたのです。

 一方、お客さんのほうでも「スープストックトーキョーに行ったら、なぜか1年の健康を祈られたんだけど」「めちゃくちゃ感動した」といった声がSNSに上がりはじめました。バズが起こった結果、NHKニュースの取材が入ることにもなりました。最終的に、ほぼ全店で昼過ぎから夕方前に、七草粥は全部売り切れてしまいました。

 このとき以来、1月7日の「七草粥の日」のイベントは、スープストックトーキョーの「儀式」になっています。今年の1月7日も当然のように僕や幹部が店舗を回りました。理念を体現する「儀式的な尖った1日」はとても大事だなと感じています。

【スープストックトーキョー社長に聞く】組織文化は「儀式」から生まれる。同社「七草粥の日」に起きた“予期せぬ変化”とは?
松尾真継(まつお・さねつぐ)
株式会社スープストックトーキョー 代表取締役社長
1976年生まれ。99年早稲田大学法学部卒、日商岩井(現、双日)、ファーストリテイリングにて野菜ブランド事業立ち上げなどに携わったのち、04年に三菱商事のベンチャー子会社だったスマイルズに入社。部長、事業部長などを歴任後、08年のMBOによる会社独立時に取締役副社長に就任。16年2月からは同社から分社した株式会社スープストックトーキョーの取締役社長と兼務、21年4月からは代表取締役社長と株式会社スマイルズの取締役副社長を兼務。スープストックトーキョーでは、“世の中の体温をあげる”を自分たちの理念として掲げ、独自の理念経営を通じてブランド力を向上させ続けている。