写真:英国大使館別荘記念公園写真はイメージです Photo:PIXTA

ピカソ、ヘミングウェイ、フィッツジェラルドなど、才能あふれる芸術家や文化人と交流を持ち、彼らに多大な影響を与えたジェラルドとセーラのマーフィー夫妻。1920年代のヨーロッパでの出来事を中心に、裕福で人をもてなす才能にあふれ、多くの人から愛されたマーフィー夫妻の独自できらびやかな生活を紹介する。

※本稿は、カルヴィン・トムキンズ『優雅な生活が最高の復讐である(ポケットスタンダード)』(田畑書店)の一部を抜粋・編集したものです。

アメリカ文学の古典になった
スコット・フィッツジェラルドの「夜はやさし」

 スコット・フィッツジェラルドのような作家は、作品によりも人生のほうに関心があつまるので、その文学的評価がきちんと定まるには長い時間がかかるだろう。いまもなおフィッツジェラルド物語の伝説的要素はまぶしく輝いていて、判断の邪魔をしている。

 かれの小説に、われわれはつい、あの華々しい人生を理解するための鍵をさがしてしまう。さまざまに語り継がれるうちに1920年代の教訓劇、浪費された才能の悲劇ということになった、かれの人生の鍵である。

 しかし、そういうことはあるが、フィッツジェラルドが自分の悲劇をともかくもありのままに描こうとした小説『夜はやさし』は、このところ、アメリカの古典という地位を獲得しはじめているのである。

 この本は、初版がでたときは、失敗作、とみなされ(フィッツジェラルド自身もそれを認めて、改訂版を書いて評価を変えようともしたのだったが、もとの作品と大差ないというのがおおかたの反応だった)、かれが1940年に死んだときには絶版になっていたが、いまではどこの現代文学の教室でも必読図書になっている。失敗作、とみなす批評家はいまでもたくさんいるが、その場合も、高貴なる失敗作、傷ついた傑作、というふうにいわれる。

 精神分析医の主人公ディック・ダイヴァーの破綻が十分に描かれていないという不満もけっこうあるが、そう言う批評家も、ダイヴァーは読者のこころを深くつかまえるアメリカ小説では稀有なヒーローであるという点は認めている。かれの破綻ぶりが、曖昧とはいえ、あまりにも激烈なので、みごとに完成したプロットをもつ『華麗なるギャツビー』のような小説もやけに小ぎれいなものに見えてしまう、と。

ヘミングウェイも非難した
モデルとなる登場人物の入れ替わり

 この本のほんとうに困ったところとは、英文科の学生ならだれでも知っているのだが、ディック・ダイヴァーのモデルにはじめはジェラルド・マーフィという名前の友人をつかっておきながら、それを途中からスコット・フィッツジェラルド自身に変えてしまったことだ。また、ヒロインのニコル・ダイヴァーにも少々同じような仕打ちを加えていて、体つきや癖はジェラルドの妻のセーラ・マーフィから拝借しているものの、その他はすべて、ゼルダ・フィッツジェラルドなのである。

 この二重の変身は、当時から、フィッツジェラルド夫妻とマーフィ夫妻の友人たちには一目瞭然だった。アーネスト・ヘミングウェイはこの本について辛辣な手紙をフィッツジェラルドに送り、素材をもてあそぶな、と非難した。マーフィ夫妻で話をはじめておきながら途中からべつな人間に変えたりして、そうすることできみは人間を書かずに、もっともらしいインチキの調書をでっちあげたのだよ。ヘミングウェイはそう言った。

 小説を読んだジェラルド・マーフィもおなじことを指摘したが、フィッツジェラルドの返事にはあやうく卒倒しそうになった。フィッツジェラルドはこう言ったのだった。

「あの本はセーラときみ、きみたちふたりにたいするぼくの気持ち、それからきみたちの生き方からインスピレーションをもらった。最後のほうはぼくとゼルダのことになったが、しかたないよ、きみたちとぼくたちはそっくりなんだから」。

 この驚くべき発言に、セーラ・マーフィは長らく抱いてきた確信をさらにつよめたものだ。フィッツジェラルドにはやっぱり人間のこともわたしたち夫婦のこともまるで分かっちゃいない、と。