人を楽しませることへ
情熱をかけたマーフィー夫妻
マーフィ夫妻の身近にいた人間たちにも、ふたりの独特の暮らしぶりとその魅力を口で説明するのはなかなかむずかしいようである。花の香りもかぐわしい美しい庭からは、海の向こうにカンヌとその彼方の山々が見渡せた。ジェラルドのレコード・コレクションはまるで百科事典だった(バッハから最新のジャズまでなんでもあった)。
おいしい御馳走は──周到な準備と給仕で──最高の味を味わうにふさわしい時と場所を選んでふるまわれた(たいていは庭の野菜と果物を添えたプロヴァンス料理だったが、ときにはクリーム状にしたコーンの上にポーチド・エッグを乗せたような典型的なアメリカ料理もでた)。
ジェラルドは楽しくてたまらないといったふうに、お客を楽しませるためにせっせと情熱的なまでに気を配っていた。きりっとした美貌とウィットの持ち主のセーラは、じぶんの暮らしと友人の付き合いを心底から謳歌していた。三人の子どもたちも、独特のプライベートな世界で暮らす子どもらしく、大人たちのなかにしっくり馴染んでいた──ルノアールの絵から抜け出してきたような容貌と装いのオノーリア、逞しいスポーツマンのベイオス、はらはらさせられるほど繊細で頭の回転の速いところが「ジェラルド以上にジェラルド的な」パトリック──こういうことがぜんぶいっしょになって、そこに仲間入りできるのが特権のようにもかんじられるひとつの雰囲気を作りあげていたのである。
「マーフィ家のパーティには独自のリズムがあって、妙な雑音の入る余地がなかった」とギルバート・セルデスは話している。「ひとを楽しませることと他人たちに、ふたりは大変な情熱を傾けていた」。
こういうことの中心にあったのがふたりの結婚生活そのもので、これはマーフィ夫妻が作りあげたもののなかで一番魅力的なものでもあった。ドス・パソスによれば、「その結婚は揺るぎないものだった」。「おたがいが、それはもうじつにみごとなまでに、補充し合い補強し合っていた」。
ジェラルドとセーラ、
正反対の個性を持つ者同士の結婚生活
マーフィ夫妻の結婚は、しかし、良い結婚が大半そうであるように、多くの点で正反対の者同士の結婚だった。
セーラは服装には興味がなく、シックに装おうと努めたことがなかった。生まれながらの美貌の持ち主だったが、素敵な金髪はばっさり切ってボブにしていた(パトリック・キャンベル夫人は、〈ヴィラ・アメリカ〉の農家風の小屋に数週間滞在したさい、セーラのボブにした髪を見ると、ジェラルドのほうを向いて、これぞ悲劇だとばかりに叫んだ。「ねえ、あのふわふわっとしたものが消えちゃってる!」)。
セーラは率直で大胆で、ときにはぶっきらぼうでもあり、おもったことはずばずば口にし、冗談は言えなかった。「セーラは堂々たるものだったわよ」と、ウィンスロップ・チャンラー夫人は讃嘆して語っている。「下らないことやつまらないことを口にするのは聞いたためしがない」。でも、そんな率直さでセーラは人生と友人たちをどっしりと受けとめ、それを楽しみ、まずなにごとにも動じなかった。
ステラ・キャンベルに言わせれば、「馬を怖がらせたりするのでもないかぎり、ひとがなにをしようと気にしなかった」。
ジェラルドのスタイルにはもっと意識的な、いかにもみずから作りあげた作品という印象があった。「セーラは人生には恋をしているが、人間はいまひとつ信じちゃいないね」と、ジェラルドはスコット・フィッツジェラルドに語ったことがある。「ぼくは逆だ。手を加えないかぎり人生はとても耐えがたい」。ジェラルドのケルト人的な美貌、ほかの者が着たらエレガントすぎたにちがいない美しい服装、ひとの感情の微妙な襞への完璧なまでの配慮──それらはときに親密になるのを妨げもしたので、フィッツジェラルドは「きみはその魅力ゆえにひとを遠ざけている」とジェラルドを非難したこともある。
『優雅な生活が最高の復讐である(ポケットスタンダード)』(田畑書店)カルヴィン・トムキンズ 著
「そう、ジェラルドは当時としては常軌を逸していたよ」と、ある友人は思いだしている。「たとえば反戦主義みたいなものにすごく夢中になって、会うひとごとに、きみはほんとうにひとが殺したいのか、と尋ねていたこともあったし、アフォリズムで話をするのも大好きだった。『おもうに、子どもの教育には子どもを混乱させるのが最高の方法だよ』とよく言っていたな。一時期はそればっかり。かとおもうと、全身に冷気ただようときもあってね。かれほどアイルランド人的な人物もいないね。かれのまわりに暗い雰囲気がただよいはじめたら、とても近寄れたもんじゃなかった。だけど、かれさえその気なら、いつでもひとを虜にすることができて、たいがいはそうしていた。ひとを楽しませるためにならどんなことでもするといったかんじがあって、しかもいつも抜群に趣味がいいんだ」。







