戦う場所は絞るが武器は捨てない
自分が生きられるニッチを獲得するために、生き物はどのような方法を使っているのだろうか。それは「ずらす」ことだ。
もっとも重要なのは、「強者の土俵で戦ってはならない」という原則だ。圧倒的な才能があり、圧倒的な努力をしないかぎり、自分より優れた者はいくらでもいる。そのような強者ばかりのところで勝負すれば、待っているのは絶滅の運命だ。
ネイト・シルバーは、規制強化によってオンラインポーカーの参加者が強者ばかりになったときに、このことを思い知らされた。そこで、自分の強み(数学・統計能力)を活かせる別の分野に活動の場をずらすことで成功を手に入れた。
ダーウィンは、「唯一生き残ることができるのは、変化できる者である」と述べた。相対的優位性を獲得できるまでコア・コンピタンス(強み)をずらしつづけることは、ビジネスでは「ニッチシフト」と呼ばれる。
ビジネスエリートに信奉者が多いランチェスター戦略は、「弱者の法則」と「強者の法則」に分かれる。弱者は総力戦では勝ち目がないのだから、局地戦に持ち込んだり、奇襲をしかけたりする一点集中主義で戦うしかない。それに対して強者の法則は全面展開主義で、圧倒的な物量(資源)によって広範囲の総力戦に持ち込み、生態系すべてを支配しようとする。
だが、自然界では強者の法則はリスクが高い。ひとつの選択肢にすべての資源を投入することで、外的環境の変化にきわめて脆弱になってしまうのだ。
ここから、強者の戦略は環境がきわめて安定しているところでしか成り立たないことがわかる。その好例が、南極に棲むペンギンだ。
じつは、南極の環境は不安定ではない。ブリザードが吹きすさぶきびしい寒さは毎年のことで、マイナス60度まで下がる気温も想定の範囲内だ。秋が来れば、次にきびしい冬がやってくる。環境の変化を予測できればそれに適応すればいいだけだから、ライバルのいない圧倒的な強者であるペンギンは、鳥類のなかでもメスが卵を1個しか産まないというきわめてリスキーな生殖戦略で繁殖できたのだ。
だが変化が予測不能な環境では、こうした強者の戦略は絶滅への道だ。必要なのは環境に合わせて変化する能力で、これを「可塑(かそ)性」という。
動くことのできない植物は可塑性が大きく、同じ種類で、同じ樹齢だとしても、何十メートルにもなる大木に育つこともあれば、盆栽のような小さな木になることもできる。その本質は「変えられないものは受け入れる。変えられるものを変える」ことだ。
雑草の多くは、自分の花粉を自分のめしべにつけて種子をつくる自殖も、他の個体と交配する他殖も両方できる。花粉を運ぶ昆虫がいる場合は、遺伝的多様性をつくり出せる他殖が有利だが、昆虫のいない環境では、自殖を行なって確実に種子を残せるからだ。
環境が予測不能なとき、生き物はひとつの戦略に賭け金の全額を積むようなリスキーなことはしない。「戦う場所は絞る。しかし、オプション(戦う武器)は捨てない」というのが雑草の戦略なのだ。
※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。