「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の書籍『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!

成功したいなら誰かの「推し」になれ

 地球の生態系は想像を絶するほど多様で、標高5000メートルの高地にも、深さ6000メートルを超える超深海にも生き物は暮らしている。生物は自分に適したニッチ(生態的地位)を確保することで、過酷な進化の歴史を生き延びてきた。

 80億のひとびとが織りなすグローバル市場も、地球環境に匹敵する複雑な生態系だ。そこにはきっと、君にふさわしいニッチがあるにちがいない―と2010年に拙著『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』(幻冬舎文庫)で書いた。

 その後、インターネットの高速化やSNSの登場によって、若いひとたちが続々とこのニッチ戦略で成功するようになった。ユーチューバーやVチューバーなどの職業は10年前には想像もできなかったし、これから現実世界(の一部)がメタバース(仮想空間)に置き換わり、ひとびとはそこで暮らし、ビジネスをするようになるといわれている。

 テクノロジーの急速な進歩によって、世界はますます複雑になっている。それがひとびとを不安にさせ、欧米では知識社会から脱落したひとたちの怒りがポピュリズムとなって社会を揺るがしている。

 しかし、ここであまり指摘されないのは、社会が複雑になればなるほどより多くの小さなニッチが生まれ、そこで生きられるひとが増えていくことだ。

 出版業界ではかつては女性誌がドル箱だったが、いまでは「絶滅危惧種」になってしまった。これはネット(SNS)によってファッションがパーソナライズ(個人化)したからだ。

 1980年代の女性誌全盛時代は、ファッションモデルは長身でやせている白人女性ばかりで、平均的な日本人の体形とはぜんぜんちがっていた。彼女たちが着ている服を高いお金を出して買ってみても、(主観的には満足かもしれないが)ぜんぜん似合わなかった。

 2000年代になると、より読者にちかい「読モ(読者モデル)」が全盛期を迎えるが、それでも体形は一人ひとりちがうので、雑誌で見て「いいな」と思った商品でも、実際に身に着けてみるとがっかりすることも多かっただろう。

 しかし若い女性のこうした悩みを、SNSのテクノロジーが解決した。いまでは、自分と同じような体形の女性がどのような着こなしをしているかをインスタグラムで確認したり、自分と顔が似ている女性のメイク法をユーチューブで勉強したりすることができる。マス媒体である女性誌は、どうやってもこの個人化の流れに対抗できないから、新しい生態系のなかで徐々にその地位を失っていったのだ。

 強者が退場すれば、その分だけ弱者が生き延びるニッチが広がる。このようにして、限定された(自分に似ている)女の子たちにファッションやメイクを教えることが「小さなビジネス」として成立するようになり、やがてはそのなかから有名人(セレブリティ)が登場することになった。

 このニッチ戦略は、最近では「推し」と呼ばれている。どんな小さなジャンルでも、そこでナンバーワン(ロングテール)になれば、熱狂的なファンから「推される」ようになる。それが成功への秘訣だというのだ。『成功したいなら誰かの「推し」になれ』という本の著者は歌舞伎町のホストだが、若い世代の成功戦略をよく表わしているタイトルだろう。

成功したいなら誰かの「推し」になれイラスト :こけ田 / PIXTA(ピクスタ)

※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。

橘玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。