努力ゼロ。「脳の外」のリソースを活用して、思考のパフォーマンスを高められる方法を一挙に羅列した科学ノンフィクション『脳の外で考える 最新科学でわかった思考力を研ぎ澄ます技法』(アニー・マーフィー・ポール著、松丸さとみ訳)。自身の健康への問題意識をきっかけに、フィジカルとメンタルとの関係性に着目し、ボディワーカーとして活動する小笠原和葉さん。組織開発分野での活動も多い小笠原さんに、『脳の外で考える』の読みどころを聞きました(聞き手は本書編集者/日野なおみ、構成/中村綾)。

体の声を聞いたら深刻なアトピーが治った!<br />自分の体とのつながりを直せば体が癒えていくPhoto: Adobe Stock

心と体を切り離すことはできない
自分の感情や感覚をもっと信じよう

――『脳の外で考える』を読んだ感想を教えてください。

小笠原和葉さん(以下、小笠原) まず、『脳の外で考える』というタイトルが秀逸ですね。私は普段、ボディワーカーとして、いろいろな切り口からクライアントさんの体に働きかけ、そこからさまざまな問題を解決しています。そうするとつい、「体で感じよう」と主張しがちになります。

 一般的に、多くの人が脳に対して、体の中で最も「使える部分」だと思っています。だからこそ本書では、「脳の外」という言葉を使って「理性ではない何かを大切にしよう」と伝えている。著者のアニー・マーフィー・ポールさんのメッセージを端的に表現していていいなと思いました。

 私たちは普段、なんとなく感じている不確定な物事に、いかに振り回されずに暮らすのかというトレーニングを受けてきました。子どもの頃から、「感情に振りまわされるな」と教わってきましたよね。

 でも現代社会の行きづまりや、現代社会で起こる病気について考えたとき、体と心を切り離して、「脳の情報」だけを重視しているというバランスを変えていかなければならないのではないかと感じています。それが、この本を読むことで、自分の感覚や、自分自身のことを信じやすくなると思います。

――小笠原さんが実践しているボディワークと、『脳の外で考える』の著者が伝えているメッセージに共通点はありますか。

体の声を聞いたら深刻なアトピーが治った!<br />自分の体とのつながりを直せば体が癒えていくボディワーカーの小笠原和葉さん

小笠原 体は、「脳で考える」だけではなく、環境からの情報や、記憶の中にあるデータベースを統合して動いています。だからこそ、人間本来の可能性を取り戻すには、「脳の外」にも意識を向ける必要があるわけです。そして、『脳の外で考える』には、そのために何をすべきなのかという具体的なメッセージがたくさん盛りこまれています。

 人は、体が何かしらの「サイン」を出していても、そのサインに気づけないことがあります。しかし本書の第1章「感覚を使う」で書かれているように、いろいろな方法で内受容感覚を高めて、自分の体のメッセージを感じられるようになっていくと、改めて自分自身と体との関係が健全になると思います。

内受容感覚を高めて
アトピーを克服した

――小笠原さんも、内受容感覚を高めることで持病のアトピーを克服したそうですね。

小笠原 私はボディワーカーになる前は、エンジニアとして働いていました。でも、あまりにもアトピーがひどくて休職したんです。当時は病院に通って、ありとあらゆるアトピーの治療法を探しては試していました。

 その中で偶然、ヨガと出会ったんです。当時の私はアトピーを克服する具体的な方法論ばかりに目が向いていました。でもそのヨガの先生から、「あなたが自分のストレスに気づくことが第一歩です」と言われました。

 そんなふうに指摘を受けても、最初はピンときませんでした。入りたくて入った会社で、好きな仕事をして、同僚もいい人ばかりで……。当時の私は、「自分にストレスはない」と思っていたんです。しかし、今振り返れば「環境の中に合理的なストレス要因がないから、私はストレスを感じているはずがない」と「脳の中」で思い込んでいるだけでした。

 そもそもアトピーの症状が出たということは、内的なプレッシャーやストレスを感じていたということです。それなのに、「具体的なストレス要因はない」と脳が判断して、体の声を無視してきた。

 それが、ヨガの先生のアドバイス通りに「体の声」に敏感になると、呼吸がとても心地よく、ラクになっていったんです。「ああ、人間はこんなに深く息を吸えるものなのか」、と。それまでの私はストレスでこわばった状態を「当たり前」だと思い込んでいた。休職して、ヨガを通して心身がリセットされ、体の声を微細に聞き取っていくことで緊張が緩み、本来の体に戻っていった。体がリラックスを知って初めて、「ストレスを感じていたんだ」と過去の自分の状態に気づくことができたんです。

 この経験を経て私はボディーワーカーに転じました。日々の活動の中で感じているのは、一人でも多くの人に、自分の心地のいい状態を知ってほしいということです。体の声を感じるには、自然の中を散歩してリフレッシュしてもいいし、マッサージなどを受けてプロに体を整えてもらってもいい。自分が心地いいと感じる状態を知っているだけで、体がシグナルを出したとき、その変化にも気づくことができるはずですから。

全身で自然を感じで
つながりを取り戻そう

――「自分の心地いい状態を知る方法」の中には、本書の第1章「感覚を使う」で紹介された「ボディスキャン瞑想」なども含まれますか。

小笠原 ボディスキャン瞑想はたしかに、私が実践しているボディワークとも共有している部分があります。

 そもそも都市生活をしていると、満員電車や蛍光灯の光、フラットなコンクリートの上を歩くことなど、人間という生き物がストレスを感じるシーンはたくさんあります。それなのに、この不快感や違和感に気づかなかったり、気づかないフリをしている人も多い。本来、私たちは体を通して自然やほかの生命体とつながっている生き物です。

 しかし、満員電車のように不愉快な環境に身を置くと、体を通して外とつながり感じる力をシャットダウンして過ごすようになります。こうして自然やほかの生命体とのつながりが途絶えて、人間は孤独を感じてしまうのです。

 つながりを取り戻すには、まさに『脳の外で考える』の中で紹介されていたように、「自然の光を浴びる」「木漏れ日の中を吹き抜ける風の心地よさを感じる」など、全身で自然を感じて、自分が大きな生命体の一部だという感覚を取り戻すこと。これが多くの人にとって、心身の安定性を得る土台となるのです。

 心地いいと感じられるようになると、それまで埋もれていた感覚センサーが敏感になり、自分の体が発する声を聞き取れるようになる。ボディスキャン瞑想は、微細な体の声を聞き取り、自分の体とのつながりを回復するためのトレーニングの一つです。

――「自分の体とのつながりを回復する」というのは、具体的にどんな状態のことでしょうか。

小笠原 体は本来、見たものや食べたものなど、あらゆる刺激を受けて反応しています。しかし「脳の中」の声がうるさすぎると、受けた刺激から発生したもの(例えば、感情など)が後回しになってしまいます。情報の重要度を下げて処理されてしまうのです。

 ボディワークをしていると、「どんなエクササイズをしたらいいですか」と聞かれることがあります。しかしそれはエクササイズによって自分の体をコントロールしているだけです。体をコントロールして動かすのではなく、まずは感じること。例えば今、あなたが座っているイスや体を支えている床の存在を感じてみる。自分らしい内的な世界や感情、インスピレーションなど、体が感じていることに敏感になること。そうすると、それまでつながりを断たれて孤独になっていた体が、あなたの周りの環境とつながっていくようになる。

 こうしたボディワークを重ねることで、クライアントが外の世界や自分の体とのつながりを回復し、コミュニケーションを深めていけるようになります。

――現代人はつながりが断たれた状態なのでしょうか。

小笠原 そう思いますね。たった一人で頑張ることを当たり前だと思ったり……閉ざされていますよね。つながりを回復して、内的な豊かさや創造性、本質的な安心を知ることができるようになると、結果的に個のパフォーマンスは上がります。しかし、現代のようにつながりが遮断されていると、それを取り戻すだけでも時間がかかってしまうでしょうね。

――どれくらいの期間があれば取り戻せると思いますか。

小笠原 人と環境にもよりますが、子どもはフタを外せば、すぐに取り戻せると思います。大企業で働くビジネスパーソンの場合は、凝り固まったものが多く、すぐにはつながりを取り戻せないかもしれません。だからこそ、『脳の外で考える』を読んで、自分が気軽に試せると思うことから実践して、世界や自分自身とのつながりを取り戻していけばいい。そういう意味でも、本書には価値があると思います。

いつから「脳の中」だけで
考えるようになってしまったのか

――私たちが「脳の中」だけで問題を解決しようと考えるようになるのは、いつからだと思いますか。

小笠原 戦後の学校教育から始まっているのではないでしょうか。管理する側にとっては生徒一人ひとりの個性は邪魔になりますから。生徒ごとの不平等が生じないように順番に当てたり、声をそろえて同じ単語を発音したり……。個を大切にするのではなく、生徒の「規格化」を実践してきたわけです。それなのに、社会に出た途端「個性を活かせ」と言われるようになる。そんなことを言われても、学生時代に散々個性を剥ぎ取ってきたわけですから、無理ですよね。相当、矛盾しているんです。

 心理学の歴史をみても、合理性がないものは排除されてきました。例えば多くの人が「机に座って考えごとをするより、歩いたほうがアイデアが出る」ということを体感的に理解している。それなのに、「歩いた方がいい」と言うと、「それは主観でしょ」「科学では証明できない」と排除されてきました。実際には、過去の科学で証明できなかっただけで、それがようやく、科学でも証明されるようになり、体が選んできたことは間違っていなかったんだと分かるようになってきた。

あなたの体のメッセージを
怖がらずに受け入れよう

――本書には、「脳の外で考える」メソッドが数多く紹介されています。小笠原さんのオススメのものはありますか。

小笠原 自然やほかの生き物とのつながりを感じたり、外の世界とのつながりを取り戻すことが大事だと思います。

 人はつい、何かの刺激を受けると「なぜ」という問いに合う合理的な回答を探そうとしてしまいます。でも、それでは「脳の中で考える」だけです。脳の中で考えるというのは、体を緊張させた状態で思考を働かせていることでもあります。この状態のままでは、本質的な安心感が欠如し、内受容感覚はなかなか感じることができません。

 そうではなく、もっと全身で味わってみる。例えば私たちは自然の中にいると心地いいと感じますよね。それは何がどうなっているのか、体の変化を感じてみる。都会にいると胸がキュッとしているけれど、自然の中だと呼吸がラクになって体が緩んでいく。体の変化をじっくりと味わってみるんです。

 ほかにも、「おいしい」と感じたとき、それは舌だけで感じているのではなく、頬が上がって笑顔になっていたり、肩の緊張が解けて体が緩んでいるのかもしれない。そうやって、体の変化を感じてみるのがオススメです。

 うれいしことも、かなしいことも、「脳の中」で感じるもっと前に、体が気づいているはずです。だからこそ、まずは体のセンサーを磨くこと。その第一歩が、心地よさを微細に感じることなんです。

『脳の外で考える』で書かれていることは、私たちの「生き物性」を回復しましょうということです。ただ、これまで自分を抑圧してきたモノのフタが外れたとき、「どうなってしまうのか」と不安を感じる人もいるでしょう。

 私が伝えたいのは「怖がらなくてください」といことです。あなたの体が感じていることは、危険なものではなく、健やかで、あなたの周りには多くのリソースがあるということを気づかせてくれる、体からの優しいメッセージなんです。だからこそ、安心して本書を読み、実践し、自分の体のメッセージを受け取り、体とのつながりを回復し、再構築していってほしいですね。