歴代随一に厳しい支店長が
見せた驚きの行動

 こんな支店長がいた。

 私が課長代理に昇格する前のこと。豊橋支店の熱川支店長は、成績については私が仕えた歴代支店長の中で随一に厳しい方だった。その支店長が3月中旬という年度末の慌ただしいさなか、外回りに出かけようとする私に声をかけてきた。

「目黒君、今日はどこに行くんだ?」

「はい、今西島製作所のアポが入っており、午前中はそこだけです。午後は、そのエリアをアポなしで飛び込みします」

「今西島製作所か。たしか融資シェアでメインを奪取すると言ってたけど、どうなんだ?」

「いやあ…日参してるんですが、難航してます。社長がのらりくらりというか、最近は居留守まで使うようになりました。旗色は悪いです」

「そうか。俺、一緒に行くわ。支店長車だと向こうに警戒されるだろうから、目黒君のスバルに乗せてくれ。何分後に出る?15分?わかった。支店の前に車を横付けしておいてくれ。すぐに行く」

 約束の時間に車を準備し、支店長が乗る助手席のほこりをハンカチで払っていると、ガラス越しに両手一杯の手提げ袋を抱えた支店長が叫んでいる。

「おーい、後ろのドア開けてくれー!」

 慌てて車を降り、ハッチバックドアを開けて荷物を入れる。

「ああ、ありがとう。お亀堂のあん巻きだ。出来立てだからまだあったかいぞ」

「どうするんですか?それ?」

「今西島製作所に持っていくんだ。従業員数を副支店長に調べさせたら45人っていうから、パートとか含めりゃ100個もあれば足りるだろ?」

「は、はい」

 驚いた。その会社に行くと決めてわずか15分で、土産の買い物まで済ませていた。今でこそ銀行から支給されているタブレットを使えば、外出先であろうといくらでも取引先の情報が手に入るが、当時はそうはいかない。当時の私が担当していた取引先数は250社ぐらい。支店長ともなれば、私以外の顧客を含め相当数の取引先と経営者を把握していたはずだ。