「一国一城の主」の支店長に
忠誠を誓う銀行員たち
「いつまで待たせるつもりだよ!こっちは予約して来てるんだぞ!お前ら、客をナメてるのか?」
「申し訳ございません。今、ご案内の準備を進めておりますので」
「ふざけんなよ!支店長出せよ。奥にいるんだろ?」
午後3時の閉店に向けて混み合うロビーに、一際大きな男性の声が響く。今の大声で、おおよその事態は推測できる。待たされて怒っているのだろう。こうした苦情は日常茶飯事だ。
「支店長を出せ!」と言われ、本当に支店長を「この人です」と言って連れてくる行員はまずいない。支店長は一国一城の主であり殿様なのだ。戦国時代ならば、首を取られたら負けなのだ。殿様の一大事には身をていしてお守りする腹心の家臣としては、副支店長や課長たちがそれに相当する。
鎌倉時代の武士ならば、この主従関係は「御恩と奉公」という封建制度ならではの概念で成立していた。かつての銀行では「絶対服従、業績目標必達」という奉公の見返りに「昇進昇格」という御恩が約束されていた。
殿様である支店長は飲み会に行けば「部下を偉くすることが俺の仕事だ」と豪語し、実際次々に昇格させ、さらに大型店へ栄転させる。正に有言実行。そんな先輩を見て「よっしゃ俺もやったるぜ」と支店長への忠誠を誓い奮起してきた。「あの支店長を男にしたい」などの今となっては恥ずかしいセリフだって、本心は自分自身が昇格したいからこそ言えたのだろう。
元来、支店長は煙たい存在である。しかし、支店長は偉く、絶対的存在として、あがめたてまつられていた。とんでもない人格の支店長であっても、とにかく支店長についていけば良いことがあると信じたものだった。