「腹の出た男は、人前では腹を引っ込めているけど、周りの人が見ているのは、その男の気が緩んでいるときのだらしない腹なんだ」

 まさに、これです。相手に伝わるのは、僕が意識していることではなく、僕が「潜在意識」で思っていること。この頃、僕は「潜在意識」というものの恐ろしさを徹底的に思い知らされたのです。

自問自答を繰り返して、
「自分の根っこ」を見つめ直す

 だから、お客様と向き合うのは、自分と向き合うことでもありました。

 自分としては、お客様の話を「傾聴」し、お客様の悩みや不安に「共感」し、お客様のために「親身」になって考えているつもりなのに、お客様からの「信頼」を得られない。まったく「影響力」を発揮することができない……。

 なぜだ? そう自問自答すると、結局のところ、僕が腹の底では「保険を売ろう」「自分が得をしよう」と、「For me思考」が働いているからだと認めるほかはありません。お客様との商談のたびに、そんな自問自答を繰り返しながら、自分の一挙手一投足を改めるとともに、少しずつ自分の根っこを見つめ直す作業をやっていたように思います。

 努力の甲斐なく、どれほどの人数のお客様から拒絶されたかわかりません。

 だけど、そんな自問自答のなかで、少しずつ「For me思考」から離れていくことができたのだと思います。ある時期を境に、お目にかかるお客様から好意的な反応を返していただけるケースがどんどん増え始めたのです。

「コミュニケーション技術」で「信頼」を勝ち取ることはできない

 かつて、無理やり説き伏せるようなことをして、知人との関係性を傷つけていた頃とはまったく違って、自然な会話の流れのなかで、「わかった。君のすすめる保険に入るよ」「あなたに紹介したい人がいる」などといった言葉をかけてもらえるようになりました。それは、劇的な変化だったように思います。

 もちろん、その間、僕なりに、相手の「潜在意識」に働きかける技術・スキルを磨いてはいましたが、おそらく、それが僕に起きた変化の本質ではないと思います。

 というのは、僕が営業を受ける側に立ったときに、コミュニケーション技術に長けた営業マンであっても、「この営業マンは信用できない」と直観することがあるからです。つまり、小手先の技術だけで、相手を騙すことはできないということ。自分の潜在意識において「For me思考」を遠ざけることができたときにはじめて、技術にも命がこもるのだと思うのです。

部下に「優しい言葉」をかける上司が、部下から”静かな抵抗”を受ける理由

 これは、営業に限った話ではありません。

 例えば、部下の行動変容を促そうとするときも同じです。

 上司がどんなに的確なアクション・プランをもっていたとしても、あるいは、口では”部下思い”っぽいことを言ったり、”優しい言葉遣い”を心がけていたとしても、潜在意識において、「自分の出世のために部下を動かしたい」「自分が評価されるために部下を利用したい」「部下に嫌われたくない」などといった「For me思考」が強ければ、それを部下は敏感に察知するでしょう。

 そして、その上司の働きかけに対して直観的な違和感をもち、反発や抵抗を企てるようになるに違いありません。いや、あからさまな反発や抵抗はせず、”ひそかなるサボタージュ”という形をとることが多いかもしれません。いずれにせよ、結果的に、チームの活力が削がれていってしまうのです。つまり、部下を動かすためには、表面的な「言葉遣い」にこだわるよりも、まず、自らのうちにある「For me思考」を克服することが欠かせないのです。

完全に「For me思考」を捨てることはできない

 ただし、「For me思考」を完全に捨てるなどと言えば、それは嘘になります。

 人間はどこまでいってもエゴイスト。「For me思考」を完全に捨てることができる人間などいるとは思えません。「それができる」と言えば、それは「嘘」にしかならないでしょう。そして、相手は必ず「嘘」を見破り、「嘘つき」のことを信用することはありません。

 だから、「For me思考」を捨てようなどと大それたことは考えないほうがいいと、僕は思っています。「For me思考」はあっていいのです。大事なのは、”For me”だけではなく、相手のこと、チームのこと、組織のこと、社会のことも本気になって考えること。「自分のため」でもあるけれど、周りにとってもプラスになることを本気になって追求することで、「For me思考」を克服していくことができるのです(詳しくは、『影響力の魔法』に書いてありますので、ぜひお読みください)。