人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

【患者が驚く外科医の発言】「これから手術で腸を縫いますが、糸と針は使いません」…その真相とは? Photo: Adobe Stock

手術前の光景

 私は手術前にいつも、「腸を縫うとき、昔は外科医が糸と針で縫っていましたが、今は器械が縫います」と説明する。

 すると、ほとんどの人は非常に驚き、そんな便利な器械があるのかと感心する。

 外科医といえば、針と糸で縫うイメージがあるからかもしれない。 だが、考えてもみてほしい。

 医療の世界に限らず、世の中の多くの手作業は、技術の進歩によって器械に任せられるようになってきた。

 身の回りを見てみると、そのことがよくわかるだろう。洗濯機、食洗機、掃除機。家庭には便利な器械がたくさんあるはずだ。「縫う」という作業を考えても、針と糸を使った裁縫は、多くがミシンのような器械に任せられるようになっている。

腸を縫う器械

 腸を縫う器械を、一般に自動縫合器という。自動縫合器を使うと、「縫う」と「切る」を同時に行うことができる。まさに、布の端をカットしながらかがり縫いができるロックミシンと同じしくみである(私はよくこう説明するが、裁縫の経験のある少数の人にしか理解してもらえない)。

【患者が驚く外科医の発言】「これから手術で腸を縫いますが、糸と針は使いません」…その真相とは? イラスト:竹田嘉文

 例えば大腸がんの手術を行う際は、がんの上流と下流で大腸を切除する。このとき、下準備なしに大腸を切ってしまうと、中の便が漏れ出してしまう。一方、自動縫合器を使えば、切ったラインの両側が自動的に縫い閉じられる。

 つまり、がんの上流と下流の切りたいラインで自動縫合器を作動させれば、腸に「封をした状態」で摘出できるのだ。なお、自動縫合器は、ミシンのように糸で縫ってくれるのではない。

ホチキスのように縫う

 無数のホチキスの針のような金属で、腸の壁を縫い閉じてくれるしくみだ。自動縫合器のことを「ステープラー」ともいうが、それはまさに、ホチキスで紙を綴じるのと同じしくみだからである。ホチキスと違うのは、自動縫合器の針がホチキスの針よりはるかに小さいこと、そして、ホチキスを数百回打ち込むがごとく、無数の針で細かく縫い閉じられることだ。

 もちろん、この無数の針は一生涯、体内に残しておくことができる。かつて手術を受け、腸の縫合がなされた人の体を再度手術する機会はよくあるが、自動縫合器の針の上を「肉が盛る」ように組織が覆い、人体と同化している姿を目の当たりにできる。

人間では到底不可能なスピード

 さて、がんを含む腸を摘出した後は、上流と下流をつなぎ合わせなければならない。この際にはさまざまな方法が用いられるが、実は同じ自動縫合器を使ってつなぎ合わせることが可能だ。

 つなぎ合わせたい二本の腸の端に小さな穴を空け、自動縫合器の上下のブレードをそれぞれの穴に挿入して器械を作動させれば、腸の壁の両サイドが繋がってくれる。この穴は、最後にもう一度自動縫合器を走らせることで、縫い閉じることができる。

 言葉で説明するのは非常にややこしいのだが、このように自動縫合器を使用して腸と腸を縫い合わせる手技は「機能的端々吻合」と呼ばれ、比較的よく行われる吻合法の一つである。同様の手法は、胃や小腸、大腸などに幅広く適用できる。

 自動縫合器を使うと、人間の手では到底不可能なスピード、細かさ、精度で腸を縫うことができる。ここで説明したのは「リニアステープラー」と呼ばれる直線形の自動縫合器だが、円形の「サーキュラーステープラー」など、他にもさまざまなタイプの自動縫合器が存在する。

「神の手を持つ外科医」よりも大切なこと

 手術機器メーカーはしのぎを削って新たな自動縫合器を開発し、それが市場に投入され、手術の安全性を高めてきたのだ。こうした便利な器械の利点は、実は「利便性」だけにあるのではない。作業クオリティが一定に維持されることも有利な点だ。

 高度な器械が手術に導入されることで、手術の完成度は高い水準で維持され、技術が広く均てん化される。仮に「神の手を持つ孤高の外科医」がいたとして、その外科医の手術を受けられる少数の患者が幸せになれる世界より、全国あまねく、あらゆる患者が高品質な手術を受けられる世界のほうが望ましいのはいうまでもないだろう。

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学からの抜粋です)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に17万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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