2021年6月のコーポレートガバナンス・コード改訂の目玉は、「取締役会の機能発揮」であった。これを受けて、東京証券取引所プライム市場上場企業では独立社外取締役の3分の1以上の選任、独立社外取締役が過半数を占める指名委員会・報酬委員会の設置などを求められることとなった。21世紀に入ってからの日本における取締役会とガバナンスの変化を、日本取締役協会の初代会長でもあった宮内義彦氏はどう見ているのか。企業成長ひいては日本経済の成長を後押しする“取締役の使命”について提言してもらう。
逆風でスタートした
ガバナンス改革
編集部(以下青文字):1994年に発足した民間研究機関「日本コーポレート・ガバナンス・フォーラム」(現日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク)における議論から、2002年の日本取締役協会設立に至った当時、取締役会の機能についてどのような問題意識をお持ちだったのでしょうか。
宮内義彦
YOSHIHIKO MIYAUCHIオリックス シニア・チェアマン。日綿實業(現双日)に入社し、オリエント・リース(現オリックス)設立準備事務所を経て、1964年4月、オリエント・リース入社。1970年3月に取締役、1980年12月、代表取締役社長兼グループCEOに就任。その後、代表取締役会長兼グループCEOを務め、2014年6月より現職。また、2002年の設立時より2022年5月まで、日本取締役協会の会長を務めた。現在、三菱UFJ証券ホールディングス、カルビー、ニトリホールディングスなどの社外取締役を務める。著書に、『私の経営論』(日経BP、2016年)、『私の中小企業論』(日経BP、2017年)、『私のリーダー論』(日経BP、2018年)など多数。近著に『体験的ガバナンス論』(同文館出版、2022年、共著)がある。関西学院大学商学部卒業。ワシントン大学経営学部大学院修士課程修了(MBA)。
宮内(以下略):私たちがガバナンスについて議論を始めたのは、バブル経済の崩壊が契機でした。バブルが崩壊し、金融危機が起こり、日本経済はなすすべもなく”失われた10年”に突入しました。なぜこんなことになったのか、日本の経営の何が問題だったのか。経営者有志でいろいろと議論していた中で、日本の経営組織の問題の一つは、取締役会が機能していないことではないか、だったらそれについて継続的に研究しようということで始まったのが、日本コーポレート・ガバナンス・フォーラムでした。日本興業銀行(現みずほ銀行)の頭取、会長を歴任した中村金夫さんが音頭を取り、早稲田大学第14代総長の奥島孝康さんと2人で共同代表となり、活動をスタートしました。
しばらくしたら、欧米にはガバナンスの推進母体があることがわかり、日本にもつくろうということで、日本取締役協会を設立することになりました。中村さんがお亡くなりになったこともあって、私が初代の会長に就くことになったわけです。
日本取締役協会が設立された2002年は商法が改正(03年に施行)され、従来の監査役設置会社のほかに、「監督」と「執行」の分離を重視する委員会等設置会社を選択できるようになりました。日本におけるコーポレートガバナンス元年ともいえる年ですが、当時の財界の反応はどうでしたか。
誰も期待していなかったですね。経営組織を新しくつくり直さないと日本の経営はよくならないと、ごく少数で立ち上げたのが日本取締役協会でした。統治機構だけの問題じゃないんだけど、日本はあまりにも形がなっていない。全員が社内取締役で、ガバナンスがまったく利いてない。そこを何とかしたいという思いでした。
日本コーポレート・ガバナンス・フォーラムにはソニー(現ソニーグループ)の社長だった出井伸之さんも参加しておられて、ソニーがいち早く委員会等設置会社に移行し、オリックスを含め何社かが移行したのですが、その後が続きませんでした。
ソニーとオリックスを含めて2003年に移行したのは十数社、その翌年と翌々年がそれぞれ5社でした。ガバナンスに対する理解が深まらなかったのでしょうか。
理解が深まらないどころか、極めて強い反対論がありました。社外取締役なんて冗談じゃない、内部のことをわからない人が入ってきて何の役に立つんだとかね。
委員会等設置会社に移行した会社の中にも、前向きなガバナンス改革のために選択した会社もあれば、何か不祥事が起きて変わらざるをえない会社もあったわけで、上場企業全体として見れば、ほとんど見向きもされませんでした。政府は法改正という手をきっちり打ったのに、ほとんど反応がないまま今日に至るわけです。
委員会等設置会社は2015年の会社法改正で指名委員会等設置会社に名称が変わりましたが、22年7月時点で、東証プライム市場上場会社のうち指名委員会等設置会社の割合は3.9%にすぎません。
委員会等設置会社があまりにも不人気なので、会社法改正で指名委員会等設置会社と監査役会設置会社の間に、監査等委員会設置会社という中2階のような制度ができました。執行部にとっては、監査等委員会設置会社のほうが抵抗感が少ないので、多くの企業がそちらに移りました(編注:2022年7月時点でプライム市場上場会社の38.3%)。
ガバナンスの点で、監査等委員会設置会社は監査役会設置会社よりはましですが、業務執行への牽制機能は指名委員会等設置会社に比べて劣ります。さらに申し上げると取締役が2種類あり、監査委員の権限が強力という変な取締役会ができてしまっています。日本は「改革」を必要としている時に「改善」で済ませようとしている状況です。
なぜ指名委員会等設置会社への抵抗感は、それほど根強いのでしょうか。
経営者にしてみれば、「自分たちにすべて任せてくれ」ということでしょうが、ガバナンスの基本が理解されていません。
組織というのは何か目的があってつくるわけですが、企業の目的は何かといえば、成長し、利益を上げ、社会に富をもたらすことです。その目的を貫徹するには、強い執行部が必要であると同時に、執行部を客観的に監視して、常に全力で目標に向かわせる監督機能が必要です。そういう相互作用で目的が最も早く遂行されるというのが、ガバナンスの基本的な考え方なんです。
その監督機能を果たすのが取締役会だということが、まだ理解されていないんですよ。日本の経営は、監督と執行の区別がない取締役会で長くやってきましたから、経営者からすると「何で自分が監督されなきゃいかんのか」という思いが強い。それが、(指名委員会等設置会社が)極めて不人気な根本的な要因です。
経営の監督と執行の分離は、もともとはマーケットからの要求なんです。ですから、機関投資家が「ガバナンスのしっかりしていない会社の株は買えない」とはっきり言えばいいのですが、日本の株式市場ではそのプレッシャーがほとんどない。最近になってようやく「物言う株主」(アクティビスト投資家)から、プレッシャーがかかるようになりましたが、真っ当なプレッシャーもあれば、短期的な利益目当ての圧力もあります。