2025年1月25日、日本の経営学の泰斗、野中郁次郎先生が他界した。『ダイヤモンドクォータリー』(DQ)誌の創刊に当たっては、先生にひとかたならぬご支援をいただいている。それは、DQ誌の編集方針「日本的経営の再発明」にいたく共感され、一肌も二肌も脱いでくださったからである。
事実、創刊号のカバーストーリーをはじめ、DQ誌の看板である10ページ超のインタビュー、記念フォーラムなどにたびたびご登場いただいた。先生のご協力は他の先生方にも伝わり、神戸大学名誉教授の加護野忠男先生、東京大学名誉教授の岩井克人先生、そして今号でもご登場いただいている国際大学学長の橘川武郎先生らも「日本的経営の再発明」に関するご知見や持論をご披露してくださった。けっして大げさでなく、野中先生あってのDQ誌であり、野中先生なくして現在のDQ誌はなかった。

この2025年夏号では、『GPT時代の企業革新──AIと共に挑む企業活動のパラダイムシフト』(ダイヤモンド社)の前書きとして野中先生が寄せた小論を、著者のリッジラインズ野村昌弘氏のご厚意の下、紹介する。
本誌論説委員 岩崎卓也
二項動態が人間とAIの共進化を強化する
生成AIの進化と普及によって、あらためて「AI時代」といわれるようになった。現在は第3次ブームだという。第1次AIブームは1950〜1960年代といわれるが、「AIの父」といわれるアラン・チューリングの「チューリング・マシン」が1936年であることを考えると、かれこれ1世紀近くの年月が経っている。
本書の著者である野村昌弘氏は旧富士通総研のメンバーだったのだが、このシンクタンクに併設されていた富士通総研経済研究所の理事長を私が務めていたという縁があり、序文を寄せた次第である。
この経済研究所では、知的議論の場という意味を託した通称「トポス会議」をシリーズ開催し、その第1回「人間の知性とコンピュータ科学の未来」で議論されたのが、まさにAIであった。2012年9月のことである。
過去のマン・マシン論争のように、コンピュータはやはりツールでありその使い方や可能性は人間次第であるという昔ながらの議論に留まらず、こうした論理的対立を超えた「二項動態(dynamic duality)」という考え方を提示した。
京都派の哲学者・清沢満之(まんし)が唱えた概念に「二項同体」がある。清沢は、いわゆる弁証法の「正反合」すなわち一つの判断(正)と、これに対立・矛盾する別の判断(反)が統合されることで、より高度な総合的な判断(合)となるという過程では正と反のよい部分が消されてしまうという死角を見つけ、正も反も受け入れるべきであると考え、二項同体を示した。
現実のプロセスはけっして静的(スタティック)なものではなく動的(ダイナミック)なものである。「正か反か」「あれかこれか」のような二項対立(dichotomy)で、一方を否定するのではなく、動く現実のただ中で、「あれもこれも」を目指し、対立や矛盾のもたらす葛藤やせめぎ合いから、観念だけではなく無意識も含めたあらゆる知を結集して新たな集合知を創造するのが、われわれの提唱する「二項動態」である。