新型コロナウィルスの影響で外出時間が減った今年、なんとなく日々重たいような気分を感じているという人も多いのではないだろうか。そんな中、世界最高の創造集団IDEOのフェローによるきわめて画期的な本が上陸した。『Joyful 感性を磨く本』(イングリッド・フェテル・リー著、櫻井祐子訳)だ。
著者によると、人の内面や感情は目に映る物質の色や光、形によって大きく左右されるという。つまり、人生の幸不幸はふだん目にするモノによって大きく変えることができるのだ。
本国アメリカでは、アリアナ・ハフィントン(ハフポスト創設者)が「全く新しいアイデアを、完全に斬新な方法で取り上げた」、スーザン・ケイン(全米200万部ベストセラー『QUIET』著書)が「この本には『何もかも』を変えてしまう力がある」と評した他、アダム・グラント(『GIVE & TAKE』著者)、デイヴィッド・ケリー(IDEO創設者)など、発売早々メディアで絶賛が続き、世界20ヵ国以上で刊行が決まるベストセラーとなっている。
その驚きの内容とはどのようなものか。本書より、特別に一部を紹介したい。(初出:2020年10月23日)
遊びは「純粋で特殊な行為」
私が喜びの研究を始めたとき、遊びの研究から始めるのが妥当な気がした。なぜなら幼少期の喜びあふれる思い出に、遊びを挙げる人がとても多かったからだ。(中略)
遊びが記憶に深く刻み込まれるのにはわけがある。人間の活動の中で、喜びを得るためだけに行われるのは、遊びだけだと考えられているのだ。
食事やセックスも快楽のために行われるが、その快楽はより大きな必要性──食事で栄養を摂り、セックスで種を繁栄させる──を満たすためにある。仕事で楽しみが得られることもあるが、その楽しみは一般にお金や技術の習得、承認、誰かが何かを生み出すのを助ける満足感といった成果と結びついている。
他方、遊びの「成功」の唯一の判定基準は、喜びが得られたかどうかだ。そのため、遊びは軽薄で不要なものとして軽視されがちである。感情と同様、遊びも科学界ではあまり注目されてこなかった。
だが最近では人間や動物の遊びに関する研究への関心が高まり、人間の生活で遊びが果たす重要な役割を指摘する研究報告が相次いでいる。
「刑務所」を見てわかったこと
非営利団体、全米遊び研究所の創設者である、82歳のスチュアート・ブラウンほど熱心に遊びを提唱している人はちょっと見当たらないだろう。
よく晴れたある秋の日、私はカリフォルニア州カーメルバレーのブラウン邸に車を走らせた。彼はオレンジのセーターにテニスシューズのいでたちで、ラブラドール犬のように元気に走り出てきて、自宅のオフィスに手招きしてくれた。
「遊びの必要性は、私たちの中にたしかにある」と、部屋に腰を落ち着けるとブラウンは言った。「遊ばないと困ったことになるよ」
彼は意外な経験を通して、この結論にたどり着いた。
以前、人を暴力行為に向かわせる要因を研究するために、テキサス州刑務所制度で有罪判決を受けた殺人犯の調査を行ったそうだ。
ブラウンは同僚たちとともに、受刑者の生い立ちを徹底的に調べ、詳細な聞き取り調査を行い、受刑者の友人や家族からも話を聞き、これらの結果を非犯罪者からなる適切な対照群と比較した。そして、すべての情報を精査したところ、意外な共通項が見つかった。
「暴力的な犯罪者のほぼ全員が、子ども時代に十分遊ばなかったか、異常な遊びをしていた」とブラウンは言う。
すぐカッとなる虐待的な親や、過酷なルールを押しつける厳格な親に育てられた人もいれば、社会的に孤立していた人もいた。さまざまな理由から、彼らの幼年時代には遊びが深刻に不足していたのだ。
暴力行為の根本原因は、遺伝的素因から身体的虐待までさまざまだが、ブラウンは遊びの不足との潜在的な関連性に興味を引かれた。彼にはそれがとても意外に思われたからだ。だが遊びが社会的、感情的発達におよぼす影響を研究するうちに、より合点がいくようになったという。
人は遊びを通してギブアンドテイクを練習し、思いやりや公正さを学ぶ。遊びは柔軟な思考と問題解決を促し、回復力(レジリエンス)と変化への適応力を高める。
また私たちは遊ぶとき、時間感覚や自意識が薄れる。遊ぶことによって強力なフローの状態になり、日々の悩みを忘れてその瞬間の喜びに浸ることができるのだ。