「東大理三→医師」がエリート街道でなくなる日Photo:PIXTA

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第25回は「医学部偏重」のエリート教育の是非を問う。

医学部偏重がイノベーションを削ぐ?

 部長の神代圭介への対抗心を抱く主人公・財前孝史は投資部の活動にのめりこむ。しかし、一つ年上の月浜蓮は「単純に放課後の部活動」と距離を置いた姿勢を示す。投資部ではそれなりの責任を果たすのに徹し、卒業後の自身の目標に備えるのが得策だと月浜は説く。

 再生医療の研究者を志す月島は「近年の投資部員はほぼ全員医学系に進んでいる」と話す。財前も将来は「医者か研究者になるんだろうな」と自身の進路を描く。名門・道塾学園の学年トップが集う投資部は、進学先が医学部にかなり偏っているようだ。

「東大理三→医師」がエリート街道でなくなる日『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 今夏、5年ぶりにロンドンを訪れ、浅井将雄氏にインタビューする機会があった。浅井氏が2015年に同僚と創業したキャプラ・インベストメント・マネジメントは運用資産4兆円を擁し、世界最大の債券系ヘッジファンドとなっている。一般の知名度は高くないが、その筋では「知らなければモグリ」という大物だ。

 ロンドンに拠点を移して20年の浅井氏に「日本経済の復活に何が必要か」と聞くと、「イノベーションを生む教育」という答えが返ってきた。そして「理三(東京大学理科三類)に行くような最優秀の人材が全員、コンピューターサイエンスを学ぶようになれば、日本も変わるのでは」と持論を披露してくれた。

 浅井氏が言う通り、その結果として「アップルがたった一個」生まれれば、確かに日本経済の風景は一変するだろう。

 無論、これは半分冗談の極論なのだが、実はこの「医学部偏重が日本のイノベーションの活力を殺いでいる」という見立ては、この10年ほど浅井氏と議論するとたびたび出てくる定番のテーマだ。

医療はもちろん重要。ただ…

漫画インベスターZ_3巻P183『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 私自身も似た懸念を持つとともに、「なぜ医学部なのか」という疑問を長年抱いてきた。私の仮説は「偏差値レースの最終戦で優秀さを証明する最適のゴールだから」という陳腐なものだが、おそらく経済的なファクターを含め、もっといろんな要素が絡んでいるのだろう。

 お断りしておくが、浅井氏も私も、医療関係者に敬意を抱いている。医学の道を目指す若者の選択は尊重する。ただ、社会全体でみると、あまりに知的資源の配分に偏りがあるのでは、という問題意識を持っているにすぎない。

 この点では、インタビューでは浅井氏が意外なオチを披露している。「1ドル360円時代への警鐘」という本筋とあわせ、ご興味ある方はYouTubeで「高井宏章のおカネの教室チャンネル」をご覧いただきたい。

 偏差値が高い学生が医学部を目指す1990年代から続く流れには、ここ数年で変化が起きている。東大の中でも理科一類の人気が高まり、なかでもAI(人工知能)・データサイエンス関係の研究室は高倍率の難関となっていると伝え聞く。やや遅きに失した感はあるが、時代の波がようやく俊英たちの進路にも及びつつあるようだ。

 あと10年もたてば、『インベスターZ』を「古典」として読んだ若者が「なぜこの少年たちはそろって医学部志望なのか」と疑問に思う時代が来るかもしれない。これも漫画が持つ「時代の缶詰」としての面白さだろう。

漫画インベスターZ_3巻P184『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ_3巻P185『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク