三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第29回は「人間の価値」を考える。
「人の人生にたいした価値などない!」
道塾学園創業家の現当主は主人公・財前孝史に、ベンチャー投資が失敗した場合は一生、藤田家の書生として仕えるという無理難題を提示する。人身売買まがいの要求に猛反発する財前を当主は「人の人生にたいした価値などない!」と一喝する。
藤田家の当主はサラリーマンの生涯賃金が約3億円なのを根拠に「人の一生などたかだが3億円程度のもの」と言い切る。
「あなたのお値段、おくいらですか?」
拙著『おカネの教室』は長身の謎の教師が中学2年生の生徒ふたりにこう問いかける場面から始まる。平凡な男子生徒は自分の将来の稼ぎをベースに1億円、町一番の富豪の令嬢は「自分が誘拐されたら身代金がいくらになるか」と考えて10億円と答える。
不朽の名作『ナニワ金融道』には、街金の経営者の金畑が社員である主人公の灰原に「750万で人間一生の身売りや」と説くシーンがある。年40%の金利で25年ローンを組めば、借入金750万円の返済には月25万円が必要になる。総返済額の実に9割を金利が占める。なお、年40%は現在では違法な高金利だ。
『ヴェニスの商人』では金貸しシャイロックが商人アントニオに対して「生身から切り取った肉1ポンド」を担保に要求する。つまり担保は命だ。
人生や人命を換金することに強い抵抗感を覚える人は多いだろう。私もその一人だ。『おカネの教室』では、生徒からあなた自身の値段はいくらなのか、と逆質問された教師が「人間に値段をつけるような愚劣な行為には与したくないですね」と答える。
ウソのようなホントの話
ここまではフィクションの世界のお話だが、事実は小説より奇なり。私にとって忘れがたい現実の事例は「魂を担保にした融資」だ。
2008~09年の金融危機時、欧州では、ユーロに未加盟だった旧共産圏にドミノ倒しのように通貨危機が広がった。ダメージが大きかったのが不動産バブルの起きた国々で、バルト三国の一角のラトビアも深刻な不況に陥った。
失業者が急増する中、首都リガである貸金業者が始めたのが「借り手の魂」を担保とした少額の短期融資だった。融資の期間は数カ月、金利は年率換算400%近いものだった。宗教界からの猛批判に対して、その業者は「魂が大切だと思っているなら、金は返ってくるだろう」と言ってのけた。
無神論者でも、返済できなければ、何らかの喪失感があるのだろうか。
日本で同じような融資をしたら、回収率はどの程度になるのだろうか。
本気で差し出すとしたら、自分の「魂の担保価値」はいくらだろうか。
時折、思い出しては、あれこれ考える。あなたはどう思いますか。